『心を穿つ青春ミステリ』
なんだか面白そうなキャッチコピーに惹かれて、河野裕「いなくなれ、群青」を読みました。
結論としては《青春8:ミステリ2》くらいの割合だったので、ミステリ目当ての購読はおススメしません。
ただ、もう一方の《青春》要素は最高でした!
青春といっても、少女漫画のような甘酸っぱい方面の話ではありません。
大人が読めば忘れていた気持ちを思い出し、10代の子が読めば首がもげるほど共感する、そんな小説です。
今回は映画化もされた小説「いなくなれ、群青」のあらすじとネタバレをお届けします!
既読の方は後半に感想を書いているので、よかったら目次から飛んでご覧になってください。
あらすじネタバレ
階段島。
誰もこの島から出ることはできない。
そして、誰もどうしてこの島にやってきたのか覚えていない。
その記憶が頭から抜け落ちている。
人々は言う。
ここは捨てられた人々の島だ、と。
◆
とはいえ、僕はこの島のことが気に入っていた。
学校と学生寮があり、学生は働かなくても生きていける。
欲しいものがあればアルバイトをすればいいし、Amazonだって届く。
人口約2000人のちっぽけな島。
グーグルマップにない島。
島は大きく港側と山側に分けられる。
僕たちは毎日、山の中腹にある高校まで長い長い階段をのぼって登校する。
学校からさらに上、山頂まで続く階段の先には、この島を管理している魔女がいるという。
◆
永遠の停滞。永遠の平和。
それは僕の望むところだった。
ずっとこうして暮らしていくのもいいと思っていた。
彼女に会うまでは。
11月19日午前6時42分。
僕はどうしようもなく彼女と出会ってしまった。
真辺由宇と、再会してしまった。
この物語は僕が彼女に出会ってしまったことから始まる。
「僕」こと主人公の名前は『七草』
この物語は七草の一人称視点で紡がれています。
ちなみに階段島の正体は《死後の世界》ではありません。
再会
真辺はこの島で目覚めたばかりのようだった。
僕は階段島のルールに従い、定型文を口にする。
「ここは捨てられた人たちの島だ。この島を出るには、真辺由宇が失くしたものを見つけなければならない」
「わたしが……失くしたもの?」
「違う。真辺由宇が失くしたもの、だ」
失くしたものを見つけられたら、島から出られる。
この条件は島の全員にあてはまる。
僕にも、真辺由宇にも。
では、真辺由宇が失くしたものとは何なのか?
すぐに思い浮かぶのは《記憶》だろう。
この島にやってくる前後の記憶。
それを思い出せば、自然と帰り方もわかるという寸法だ。
理屈は通っている。
……とはいえ、僕はすでにこの島の秘密と脱出方法について、ひとつの仮説を持っているのだけれど。
◆
真辺由宇は定規で線を引いたみたいに《まっすぐ》な少女である。
小学生のころ、彼女は交通事故に遭った犬を目にした。
他の子どもたちが「かわいそう」といいながら遠巻きにしているなか、真辺由宇は何の躊躇もなく血まみれの犬を抱き上げ、動物病院へと連れて行った。
僕はそんな彼女を見て、美しい、と思った。
その在り方が、とても綺麗だと思った。
だから、僕はそれから彼女が中学二年生のときに引っ越すまで、毎日のように彼女と一緒にいた。
まっすぐにしか進めない彼女には「周りの人間とうまくやる」という概念がない。
しばしばその《正しさ》ゆえにトラブルを引き起こす彼女に振りまわされる毎日は、だけどそれなりに楽しかった。
◆
不当な誘拐(?)を許してはならないとして、真辺由宇はさっそく島からの脱出を目標に掲げた。
こうなっては、僕も無関係ではいられない。
そこに真辺由宇がいるのなら、無視するという選択肢は僕にはない。
それに、僕としても真辺由宇にはいち早くこの島から出ていってほしかった。
彼女がこの島にいること。
僕はどうしてもそれが許せない。
ピストルスター
連続落書き事件。
事件というにはあまりにささやかなそれは、世間話の話題としてはちょうどいい。
階段に描かれていた落書きのマークは《星と拳銃》
水彩絵の具で描かれているので、洗い流すのは容易い。
3度発生した落書きには、それぞれ簡単な文章が添えられていた。
それぞれ、次の通りである。
『魔女はこの島に過去ばかりを閉じ込めた。未来はどこにある?』
『君たちは鏡の中にいる。君たちはなんだ?』
『失くしものはすぐ近くにある。失くしものとはなんだ?』
◆
真辺由宇はとても強いけれど、同時にとても危うい。
たとえば、閉じこもって泣いている子どもがいるとする。
その子どものために、あなたなら何をするだろう?
彼女なら間違いなく、子どもを泣きやませるために、まず部屋の扉を破壊する。
器物破損とか、損害賠償とか、そんなこと彼女は1ミリも考えない。
今なすべきと信じることを、ただ実行するだけ。
その結果、子どもがさらに傷つくかもしれないとか、自分の身に厄介事が降りかかるかもしれないとか、そんなことは考えない。
ある意味、視野がとても狭いのだと思う。
もっといえば、馬鹿なのだと思う。
現実を置いてけぼりにして、ただひたすらに理想だけを追い求める理想主義者。
想像に難くないと思うけれど、彼女はいつだって周囲から浮いていた。
◆
連続落書き事件の犯人はあっさりと発見された。
犯人の名は七草。
そう、僕である。
《星と拳銃》のマークのモチーフは、ピストルスター。
宇宙のはるか彼方にあるピストルスターは、なんと太陽の500~600万倍も明るいという。
ただ、あまりに遠すぎて、地球からその輝きを見ることはほとんどできない。
でも、ピストルスターはそんなことちっとも気にしないだろう。
地球から見えようが見えまいが、ピストルスターはただ気高く、そして美しく光り続ける。
僕はそんなピストルスターのことが好きなのだ。
まるで真辺由宇のような、その星のことが。
七草の理想
この島の人たちはみんな欠点を抱えている。
たとえば、学校恐怖症。
たとえば、虚言癖。
真辺の理想主義も、社会に適合しないという意味では欠点だ。
僕の欠点は悲観主義。
なんでもネガティブに考えてしまう。
だから、なんでもすぐに諦めてしまう。
そして、今目の前にいる背の高い女子の欠点はコミュニケーションが苦手なこと。
背の高い女子……友人である堀の声を、僕はほとんど聞いたことがない。
その代わり、堀は毎週必ず長い長い手紙をくれる。
その週にあった出来事についてしたためた、長い長い手紙を。
◆
「真辺がやってきて、今日で5日目だ。僕はこの5日間、ずっと真辺をここから追い出そうとしていたんだよ」
必然的に、堀と2人きりのときは僕ばかりがしゃべることになる。
「僕は真辺の隣にいたいわけじゃない。ただ彼女が、彼女のままいてくれればそれでいいんだよ。馬鹿みたいにまっすぐに、強い光みたいに理想を追い続ける彼女がこの世界のどこかにいるのなら、それだけでいい」
真辺由宇は僕にとっての英雄だった。
僕の目に映った、もっとも綺麗なものだった。
それが汚れるところなんて見たくはなかった。
その美しさを保てるのなら、何を犠牲にしてもよかった。
「真辺が目の届かないところに行ってしまうなら、本当はそれが一番よかった。綺麗な思い出だけを壁に飾って生きていけた。でも、こんな狭い島で再会してしまったらどうしようもないじゃないか。近くにいたなら、僕はどうしても真辺由宇を目で追ってしまう」
長い注釈を終えて、僕はようやくシンプルな結論を告げる。
「僕はね、少しでも彼女が欠けるところを見たくないんだ。どうしようもなく、ただ嫌なんだよ」
堀はゆっくりと頷いた。
それから言った。
「真辺さんが好きなんだ」
きっと違う。
僕が彼女に抱いている感情は、愛とか、恋とか、そういう風に綺麗でシンプルな言葉に置き換えられるものじゃない。
もっと複雑で、不透明で、一方的なものだ。
だけど、僕は嘘をつく。
「そういうことなんだろうね」
話を切り上げるための嘘だった。
でもそれを口にしたとたん、本当に嘘だったのか、自分でもよくわからなくなった。
恋が綺麗なものなのか、僕は知らなかった。
遺失物係前にて
この島では、失くしたものを思い出したら遺失物係に行くことになっている。
そこで正しい《失くしもの》を申請すれば、晴れて元の場所に戻れる……ということになっている。
とはいえ、遺失物係の扉は基本的には開かない。
なぜなら、誰一人として《失くしもの》を思い出せないから。
やみくもにドアノブをひねっても、《失くしもの》を見つけない限り遺失物係のドアが開くことは決してない。
◆
島に一台きりのタクシーに乗り込むと、僕はドライバーの野中さんに告げた。
「遺失物係まで」
ドアが閉まり、野中さんが言った。
「失くしものが見つかりましたか?」
僕は頷く。
「初めから、答えはわかっていました」
◆
遺失物係の前で、僕は真辺由宇と対面した。
真辺が僕を追ってきた形である。
「どうして、落書きを書いたの? 君はああいうの、いちばん嫌いでしょ」
どうやら真辺の目的は僕の犯行動機を突き止めることのようだった。
なにか自分のせいで僕がしたくもない落書きをしたのではないか、と彼女は疑っているようだった。
「意味なんてないよ。気まぐれで描いただけだ」
「嘘」
真辺は力強く否定する。
「七草のことは、結構知ってるよ。秘密主義だし、平気で嘘をついてごまかすし、全体的に素直じゃない」
「わざわざ僕にけんかを売りにきたの?」
「それに、とっても優しい」
真辺の声は攻撃的で、尖っていた。
「誰よりも、七草は優しい。だからたまに、心配になる」
「そんなことはないよ。人に優しくするのは疲れるんだ。僕はすぐに諦める。簡単に、なんでも諦められる」
彼女は首を振った。
「違うよ。七草だけが、私を見捨てなかった」
息が詰まる。
真辺の口からは聞きたくない言葉だ。
彼女はもっと、他人の感情に無自覚的で、鈍くて、乱暴で。
見捨てられたとかそんなこと、思いつきもしない女の子……だと信じてきたのに。
「七草が諦めるのは、自分のことばかりでしょ。楽をしたいとか、得をしたいとか、そんなことしか諦められないんでしょ。自分のことは諦めて、誰かのために、きみは苦労ばかり背負い込んでるんでしょ」
違う。僕が本当に諦められないのは、たったひとつだけだ。
夕日が落ちて、あたりは暗くなってきている。
真辺の表情はよく見えない。
それでも、僕には彼女の目に涙が見えた。
「まっくらやみの中にいるような気分になることがある。豆電球ひとつあれば救われるのに、私はそれを持っていないの。二年間、何度もそんな気がした。そのたびに君のことを思い出した」
真辺由宇が泣いていた。音もなく涙を流していた。
「ずっと知ってたよ。七草が、いつも私の手元を照らしてくれていたんだ。私はずっと、きみに護られていたんだ」
僕は真辺が泣く姿なんか、見たくなかったのに。
結局だ。知っていた。
結局、僕は失敗する。
「なにをするつもりなのか、教えてよ」
かすれた声で、彼女は言った。
「きみが独りで苦労しているのを、私は絶対、許さない」
つい、笑う。
彼女の言葉があんまり的外れで、それがいかにも彼女らしくて、おかしかった。
……いつだって勝手に苦労を背負い込んでいるのは君の方だろう?
いつだって僕は君を横目で見ていて、勝手にひやひやしているだけだ。
僕は真辺の問いに答えた。
「本当に、たいした用じゃないんだ。魔女と交渉するだけさ」
階段島の真実
遺失物係の扉は、何の抵抗もなく開いた。
中に足を踏み入れると、ジリリリリン、と古めかしいピンク色の電話機が音を立てはじめる。
僕は受話器を手に取った。
「貴方が失くしたものは、みつかった?」
声の主は、魔女。
僕は問いに答える。
「いいえ。僕はなにも失くしていません」
二人称は、違う。
失くしたのは《僕》ではない。
「七草が失くしたものは、知っています」
階段島は《捨てられた人たちの島》だという。
では、いったい《誰》が人々を捨てたのか?
答えは最初から出ている。
「七草は僕を捨てたんでしょう? 僕は僕自身によって、くしゃくしゃに丸められて、ゴミ箱に放り込まれた。その先がここなんでしょう? 僕は捜す方じゃない。捜される方なんでしょう?」
この島の人間はみな欠点を抱えている。
たとえば、学校恐怖症。
たとえば、虚言癖。
たとえば、理想主義。
そして、悲観主義。
「七草は自分自身の、悲観的な人格を捨てたんだ。嫌いな部分を、この島に押し込んでいったんだ。その引かれた人格が、僕なんでしょう?」
ここは成長する過程で、捨てられた人格ばかりが吹きだまっているのだろう。
きっと外の世界にいる本物の堀は、欠点を克服して、笑顔でクラスメイトと話せているのだろう。
いいことだ。素晴らしいことだ。幸せな未来を、みんな手に入れたのだ。
でも、そんなの知ったことか。
僕には関係ない。
この島の人々には関係ない。
島の中心には階段があって、でも僕たちにはその階段をのぼりきることができない。
成長の過程で捨てられた僕たちは決して成長できず、この楽園のようなゴミ箱の中で、外の世界とは交われないまま過ごすしかない。
『ここは捨てられた人たちの島です。この島を出るには、七草が失くしたものを、みつけなければいけません』
当たり前だ。
僕が本物の七草でないのなら、捨てられた人格でしかないのなら、僕がこの島を出る条件は決まっている。
七草がゴミ箱をあさって、僕を見つけ出すことだ。
つまりは現実の七草が欠点の克服に失敗しなければ、僕はずっとここから動けない。
電話口の向こうから、魔女が言った。
「そのとおりですよ。よくわかりましたね」
◆
現実の僕たちは、みんな魔女に願ったのだ。
「欠点を克服したい」と。
魔女は欠点を本物の僕たちから切除し、欠点そのままの人格として階段島に送り込んだ。
そして、その真実を隠して島を平和に管理している。
ならば、少なくとも魔女は《階段島の真実》が知れ渡るような事態は避けたいと思っているはずだ。
あの落書きは、そんな魔女への脅迫材料だった。
『魔女はこの島に過去ばかりを閉じ込めた。未来はどこにある?』
答えは島の外。
『君たちは鏡の中にいる。君たちはなんだ?』
答えは虚像。
『失くしものはすぐ近くにある。失くしものとはなんだ?』
答えは僕たち自身。
「僕は次に、もっと決定的な落書きをすることだってできます。でも貴女はこの島の人たちが真実を知るようなことは、望まないでしょう?」
「そうですね。私はわりと、ここが気に入っていますから」
ようやく、本題だ。
「なら、ひとつだけ僕のわがままを聞いてくれませんか?」
ひとつだけ。真辺由宇を、元いた場所に戻す。
でも、電話の向こうで魔女は笑った。
「いいえ。そんなことは交渉材料にはなりませんよ」
「どうして?」
「貴方はこの島に来たときの記憶を失くしている。私が消したからです」
「はい」
「必要なら、また同じようにしますよ。貴方から記憶を消してしまえば、それで済む話です。」
僕はため息を吐く。予想していた答えだった。
「階段をのぼりなさい。救いであれ、そうではないものであれ、すべては階段でみつかります」
そう言い残して、魔女は電話を切った。
彼と彼女が出会った理由
階段を目指して歩く。
つないだ手の先には、真辺由宇がいる。
この島に真辺由宇がいること。
たったひとつ、僕はそれだけが許せない。
僕は隣の真辺由宇に言った。
「君はひとりで、この島を出るんだ」
「どうして?」
「それが、僕の理想だからだよ」
◆
島に来たタイムラグと、失くした記憶の期間のラグ。
それらを組み合わせて考えると、おそらく現実の僕と真辺由宇はほとんど同じタイミングで魔女に会っている。
そして、もうひとつ。
この島で再会したとき、真辺由宇は僕が通っている高校の制服を着ていた。
……なら、僕たちの事情を想像することは簡単だ。
およそ3か月前、現実で僕と真辺由宇は再会している。
僕は真辺由宇と再会したから悲観主義的な自分を捨てて、真辺は僕と再会したから理想主義的な彼女を捨てたのだろう。
だとすれば、こんなに恐ろしいことはない。
僕は……七草は、たったひとつ護りたかったものを自分の手で欠けさせたのだ。
◆
真辺由宇は僕にとってのピストルスターでよかった。
群青色の空に浮かぶ、決して手の届かないものでよかった。
僕が隣にいる必要はないと諦めていた。
遠くからその完全さを想うだけでよかった。
それだけが僕の望みだった。
本当に。
なのに。
きっと僕たちは再会して、また一緒にいたいと願ってしまった。
たぶん同じ結末を目指したいと祈ってしまった。
だから僕たちは、矛盾する僕たちを捨てるしかなかったのだろう。
七草は悲観主義を捨て、真辺由宇は理想主義を捨てた。
……そんなこと、あっていいはずがない。
彼女と一緒にいるために、七草が僕(悲観主義)を捨てるのは構わない。
僕は甘んじて、このゴミ箱の島でひっそりと息をひそめていよう。
けれど、真辺由宇が彼女(理想主義)を捨てるのだけはダメだ。
たとえそれがまっとうな成長、まっとうな克服だとしても、僕だけは絶対に許さない。
真辺由宇から彼女(理想主義)が欠けることを、僕は決して許せない。
階段の先で
変化は唐突だった。
いつのまにか隣の真辺は消え、その代わりに階段の何段か上に人影があらわれていた。
つまらなそうな表情をしたその人物を、僕は知っている。
もうひとりの僕。
現実の七草。
◆
僕は怒りを込めて七草に言った。
「お前は、真辺を傷つけた。自覚はあるか?」
この島に真辺が来たのだから、そういうことだ。
七草は真辺由宇を傷つけた。
こいつは、僕は、決して許されないことをした。
「思い当たる節はある」
言い方が気に入らない。
僕は彼の胸元をつかむ。
「二度と同じ失敗をするな」
小さな声で、彼は笑う。
「僕の言葉だとは思えない」
「ああ、まったくだよ。僕に似合わないことを言わせるな。これじゃ、なんのために僕が捨てられたのかわからない」
言いたいことは、これだけだった。
きっと真辺も今、同じように現実の真辺に出会っている。
真辺由宇が切り捨てた彼女(理想主義)は、きっと真辺由宇の中に戻れるはずだ。
「そう上手くいくかな?」
現実の僕が首をかしげる。
「どういうことだ?」
「知らないよ。でも、僕の計画は上手くいったためしがないから」
結末
気がつくと僕は、学校の校舎裏にいた。
……あたりには誰もいない。
静かな夜だ。
音のないグラウンドに向かって、足を踏み出した。
その時だった。
「七草」
彼女の声が聞こえた。
◆
僕にはなにが起こっているのか、上手く飲み込めなかった。
「いったいどうして、君がここにいるんだ?」
「せっかくふたりになってるんだから、またひとりに戻る必要もないでしょ」
頭がくらくらした。
これでは、僕があれやこれやとやってきた意味がない。
「七草は、私が戻ってこない方がよかった?」
まったく、なんて質問だ。
答えは決まりきっている。
「また会えてうれしいよ。もちろん」
僕は心からそう言った。
本当は気づいていたんだ。
真辺と離れたくなんてなかった。
叶うなら、ずっと一緒にいたかった。
だから今、こんなにも嬉しいんだ。
彼女が欠けてしまうことへの恐怖さえ、忘れそうになるくらいに。
真辺は笑うだろうと思っていた。
でも、そうはならなかった。
彼女は生真面目な瞳でまっすぐにこちらをみたままだった。
「よかった。私にはどうしても許せないことがあるの。どうしても、ここに戻ってこないといけなかったの。それはたぶん、私にとっていちばん大切なことなの」
「なにが許せないの?」
「きみと私のことだよ」
真辺が一歩、僕に近づく。
影の位置が変わり、月光の下で、彼女の頬がわずかに上気しているのに気づいた。
「私たちがそのまんまじゃ上手くやっていけないなんて、信じたくない。それじゃまるで今までは幸せじゃなかったみたいだもの。私は、現実の私たちが間違っているんだって証明する」
彼女は頬を赤らめて、まっすぐに僕を見つめていた。
真辺由宇が手を差し出す。
僕はその手をつかむ。
この物語はどうしようもなく、彼女に出会ったときから始まる。
<完>
感想
10代の頃、全力で恋をした経験はありませんか?
私にはあります。
だから「いなくなれ、群青」を読んで、とても懐かしい気持ちになりました。
この小説にはあの頃の幼く、激しく、純粋な《好きな人への気持ち》が詰まっています。
その感情は繊細すぎて、複雑すぎて、本来なら日本語で表現することなどとても不可能な、《あの気持ち》としか呼べないものなのだと思います。
恋とか、愛とか、そんな一文字で片づけられるほど簡単な気持ちでは決してありません。
それを、なんともはや、300ページかけて見事に言語化してみせた小説。
私の「いなくなれ、群青」に対するイメージはそんな感じです。
「大人の身でこんな小説書けるなんて、作者の頭の中どうなってんの?」と思いました。
もちろんいい意味で(笑)
これ、現役10代の子が読んだらめちゃくちゃ共感するんじゃないかな。
七草と真辺の関係性
「いなくなれ、群青」は間違いなく《ボーイミーツガール》にカテゴライズされる小説でしょう。
となると注目したいのは主人公とヒロインの関係性。
「いなくなれ、群青」の場合、七草と真辺は相互補完的な関係でした。
言いかえれば、お互いがお互いにとってなくてはならない関係性。
七草にとって真辺がいかに大切な存在であるか、というのは今さら言うまでもありませんが、実は真辺由宇にとっての七草も同様なんですよね。
その理想主義ゆえに孤立しがちな真辺にとって、ずっと隣にいてくれた七草がまさに心の支えでした。
それこそ現実で理想主義を捨てられるほどに、真辺もまた七草のことを大事に想っていたんですよね。
こういう「お互いがお互いにとっての《救い》」みたいな関係性、めちゃくちゃよくないですか!?
私は大好物です!(笑)
だから、現実で七草と真辺が相手と一緒にいるために欠点を切り捨てたことも、階段島での結末も、最高にツボでした。
「私たちがそのまんまじゃ上手くやっていけないなんて、信じたくない。それじゃまるで今までは幸せじゃなかったみたいだもの。私は、現実の私たちが間違っているんだって証明する」
「あくまで主体は現実の方だから、捨てられた人格の方に救いはないのかな?」とちょっぴり不安になっていたところに、このラストの真辺のセリフですよ!
「それだー!!!」って感じでした(笑)
ハッピーエンド、と簡単に片づけられるほどシンプルではないにせよ、「よかったねぇ!」と声をかけたくなるような、素敵な結末でした。
まとめ
今回は河野裕「いなくなれ、群青」のあらすじネタバレ感想をお届けしました!
では、最後にまとめです。
- 階段島の人々の正体は、捨てられた欠点の人格。
- 七草と真辺は現実で再会し、一緒にいるために欠点を捨て、成長した。
- 結末。真辺は階段島に残った。それは七草が本心では望んでいたことだった。
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