今村昌弘『魔眼の匣の殺人』を読みました!
※読み方は「まがんのはこのさつじん」
映画化もされた『屍人荘の殺人』の続編で、2020年「このミステリーがすごい!」でも第3位にランクインしています。
「『屍人荘の殺人』はよかったけど、続編はどうなの?」と思ったそこのあなた!
わたしの感想ですが、
前作以上におもしろかったです!
というわけで!
今回は小説『魔眼の匣の殺人』のネタバレ解説をお届けします!
Contents
ネタバレ解説スタート!
今回の舞台は『未来視』の超能力者が住む館。
その名も『魔眼の匣』!
もともとは班目機関が超能力を研究していた施設だったのですが、今はその被験者だった予言者の老女『サキミ様』だけが住んでいます。
班目機関(まだらめきかん)といえば、前回のゾンビ事件の元凶ともいえる秘密組織。
新生ミステリ愛好会こと葉村譲と剣崎比留子の2人は調査のため『魔眼の匣』を訪ねるのですが……
またもやクローズドサークル発生!
外界との唯一の交通手段である橋が落ちたことで、陸の孤島(というか山奥)に閉じ込められてしまいます。
救助が来るのは、早くても3日後。
というのも、橋の向こうの「好見」の住人たちはみんな逃げてしまっていて、月が替わるまで戻ってこないからです。
それはもちろん、サキミ様の予言から。
サキミ様は村人にこう予言していました。
『11月最後の2日間に、真雁(=この地域)で男女が2人ずつ、4人死ぬ』
『魔眼の匣』に閉じ込められたのは、全部で11人。
あと2日でこの中の4人が死ぬ、という状況で物語はスタートします。
『魔眼の匣』という名前はもともとの地域名「真雁(まがん)」からつけられたものです。作中には2人の予知能力者が登場しますが、魔眼は登場しません。
ちなみに『魔眼の匣』の場所はW県I郡と表記されているのですが、モデルは和歌山県伊都郡にあった見好村だと思われます。
登場人物
登場人物は11人!
このあとやっぱり殺人事件が起こるわけですが、この中の誰かが犯人です!
※登場人物だけで犯人がわかったらすごい!
前作と同じく『名は体を表す』ようなキャラ名で、役割がわかりやすくなっています。
名前 | 備考 |
葉村譲 | 主人公 探偵助手 |
剣崎比留子 | 探偵 殺人事件に遭遇してしまう特異体質を持つ |
十色真理絵 | 高校二年生 未来を見通す絵を描く予知能力者 |
茎沢忍 | 高校一年生 十色の後輩 |
王寺貴士 | 容姿端麗で物腰も柔らかい 王子様みたいな会社員 |
朱鷺野秋子 | 好見の元住人 ホステス |
師々田巌雄 | 大学教授 気難しい性格 |
師々田純 | 巌雄の息子 小学生 純粋な性格 |
臼井頼太 | オカルト誌のライター 言動も頭髪も薄い |
神服奉子 | サキミに仕える好見の住人 |
サキミ | 予言者 これまで予言が外れたことはない |
※読み方は「茎沢(くきさわ)」「朱鷺野(ときの)」「神服(はっとり)」
予言は本物
結論からいえばサキミの予言は本物です。
これまで百発百中だった予言もすべて超能力によるものですし、今回も予言のとおりピッタリ4人の登場人物が亡くなります。
また、同様にもうひとりの予知能力者である十色真理絵の力も本物です。
のちに判明するのですが、十色真理絵は実はサキミの孫であり、隔世遺伝という形で能力を受け継いでいたのでした。
※十色が『魔眼の匣』を訪れたのはサキミが祖母だと確かめるためだったんですね。
脱落者
最初に亡くなったのはオカルト誌の記者である臼井頼太。
地震による土砂崩れの下敷きになって息絶えました。
これに関しては事故であり、事件性はゼロ。
もう先のことを言っちゃいますけど、4人目の死亡者である茎沢忍も熊に襲われて亡くなるので事件とは無関係です。
ただ「予言が当たった」というだけの話ですね。
一方、残る女性2名の死者はいずれも何者かによって殺されます。
というわけで、次は物語のメインである《事件》について!
3つの事件の謎
『魔眼の匣』は1階と地下階で構成されています。
来訪者にはそれぞれ個室が与えられ、鍵は内側からしかかけることができません。
さて、そんな状況のなか3つの事件が起こります。
第一の事件
『サキミ毒殺未遂』
事件が発生したのは11月29日(予言1日目)の午後7時。
サキミが何者かに毒を盛られました。
ただし、十色の予知絵のおかげで対処が間に合い、一命はとりとめます。
この事件のポイントは十色の予知絵。
十色の絵には倒れた人影と一緒に『散らばった赤い花』が描かれていました。
そして、サキミの部屋の前には裏庭から摘んできたであろう赤い花の枝が撒かれていました。
しかし、実はサキミの部屋にはそんなことをしなくても赤い花が飾られていて、倒れた拍子に床に散らばっていたのです。
つまり、犯人は十色の絵を見てから(絵の状況に合わせるために)赤い花の枝を撒いたということになります。
ところが、十色の予知絵は10分以内のことしか予知できません。
予知絵が描きあがったのはサキミが毒を飲む数分前です。
アリバイ的に十色の絵を見てから赤い花を撒くことができたのは王寺と純の2人だけ。
ただし、この両名はこの日、サキミの部屋に一歩も足を踏み入れていません。
※一方、サキミは一日中ずっと自室にいました。
王寺と純にはサキミに毒を盛ることは不可能なのです。
※毒はサキミ部屋のポットのなかのお湯に入れられていた?
反対に、この日、サキミの部屋に足を踏み入れたのは
- 比留子と葉村
- 十色
- 神服
の4人。午後6時にサキミの部屋に赤い花を飾ったのは神服なので、容疑者からは除外されます。
比留子・葉村・十色の3人には毒を入れることはできたかもしれませんが、赤い花を撒く時間はありませんでした。
というか、そもそもサキミの目の前で毒を盛るのは難しいように思われます。
【謎】サキミに毒を盛り、なおかつ赤い花を撒けた人物はいない。
第二の事件
『十色殺し』
第一の事件後、疑いの目は予知能力者である十色真理絵に向けられました。
そして、
- 十色は翌朝まで自室から1歩も出ないこと
- その間、残りのメンバーは1階中央の食堂で相互に見張りあうこと
が決定されます。
十色以外は全員食堂で相互監視しているので、これ以上の事件が起きるはずありません。
しかし、事件は起こりました。
日付が変わって11月30日の零時すぎ、自室で銃殺されている十色の遺体が発見されたのです。
犯行時刻は11月29日の午後10時~翌零時の2時間。
その間、手洗いなどのために食堂から数分間でも離れたのは6人だけ。
名前 | 時刻 | 時間 |
茎沢 | 22:15 ~ 22:30 | 15分 |
王寺 | 22:50 ~ 23:00 | 10分 |
朱鷺野 | 23:20 ~ 23:25 | 5分 |
師々田親子 | 23:40 ~ 23:55 | 15分 |
神服 | 23:55 ~ 0:00 | 5分 |
この事件のポイントは、単独で十色を殺害できた人間はいないということです。
犯行は
- ロッカーを壊して散弾銃を入手する
- 地下階の十色の部屋に行き、犯行に及ぶ
- 十色の部屋を荒らす
という手順で行われました。
どんなに急いで実行したとしても10分は必要です。
つまり、この時点で朱鷺野と神服の単独犯という線は消えます。
また、これはとても重要なことなのですが、朱鷺野は
「手洗いに立ったとき、まだロッカーは壊されていなかった」
と証言しました。
これによって朱鷺野より先に席を立った茎沢、王寺のアリバイが成立。
最後に残った師々田親子もお互いの無実を証言しあったため、容疑者を絞ることは不可能になりました。
考えられる可能性は、犯人に共犯がいたということです。
たとえば朱鷺野と神服が手を組めば、合わせて10分の時間となり、犯行が可能になります。
被害者が女性であることから犯人もまた女性である可能性が高い(※)といえますが、はたして……?
※同性が2人亡くなった時点で予言の対象から外れるため。逆に、男性には異性である十色を殺す動機がない。
単独で犯行に及べた人間はいない。
第三の事件
『朱鷺野殺し』
第二の事件の後、各自はそれぞれ自室で待機することに。
そして、一夜明けて11月30日(予言2日目)
事件は起こりました。
後頭部から血を流して亡くなっている朱鷺野の遺体が自室で発見されたのです。
第一発見者は葉村譲。
葉村は
- 1階から地下階に駆け降りていく白装束の人影を見て、
- 朱鷺野の部屋につづく足跡を確認し、
- 地下階の王寺・師々田、そして1階から降りてきた神服と合流して、
- 朱鷺野の部屋で遺体を発見しました。
この事件のポイントは、誰にも犯行は不可能だったということです。
葉村が地下階で脱ぎ捨てられた白装束を見つけたのは、白装束の人影が階段を下りてから約10秒後のこと。
もし王寺や師々田が犯人だとするならば、たった10秒で朱鷺野の部屋で犯行に及び、自室に戻ったことになりますが、これは物理的に不可能です。
一方の神服も比留子が「確実に葉村の後を追って地下階に下った」と証言しているので犯人ではありえません。
残る容疑者ですが、サキミは自室で寝ていましたし、茎沢は第二の事件の直後に外に飛び出しています(のちに熊に襲われた遺体が見つかる)
つまり、誰にも犯行は不可能だったのです。
白装束の人物は雨漏りによって靴裏を濡らしており、1階から地下階の朱鷺野の部屋まで足跡が続いていました。
また、白装束の人物は『槍のようなもの』を手にしていましたが、それらしきものは誰の部屋からも見つかりませんでした。
※1階の電気が消されていたので『槍のようなもの』が何だったのかは不明
【謎】犯人はどうやって犯行に及び、そして消えたのか。
注目は性別と順番
今作の重要ポイントはズバリ『性別』
「男女2人ずつ死ぬ」という予言は、裏を返せば「同性が2人死ねば自分は助かる」ということを意味しています。
犯行動機が予言を前提にしたものだとすれば、犯人は同性の命を狙うはずですね。
男性2人は非人為的な原因で亡くなっているので、犯人は女性であるように思われます。
しかし、ここで問題が。
女性が犯人だった場合、第二の事件は朱鷺野と神服の共犯だったということで説明がつきます。
しかし、第一の事件と第三の事件については理屈が通りません。
ちょっと整理してみましょう。
◆
《第一の事件》
※詳しくは省略しますが、共犯関係は第二の事件からで、第一の事件は単独犯だという前提があります。
- 神服が犯人だった場合、部屋の中に赤い花が飾ってあるのを知っているので、部屋の前に赤い花を撒く必要がない。
- そもそも神服にも朱鷺野にも十色が絵をかいてからサキミの部屋の前に赤い花を撒く時間はなかった。
《第三の事件》
- 神服が朱鷺野を裏切って始末した?
- しかし、神服は確実に葉村より後に階段を下りている。物理的に白装束の人影ではありえない。
- そもそも、ある事情によってこの第三の事件の犯人は女性ではない可能性が高い
◆
これはとても重要なポイントなのですが、実は比留子は十色殺しの直後に偽装自殺していました。
だから、全体の流れはこうなります。
- 臼井死亡
- 十色死亡
- 茎沢、外へ(生死不明)
- 比留子死亡(偽装)
- 朱鷺野死亡
- 茎沢死亡(確定)
- 比留子、実は生きていたと明かす
お気づきでしょうか?
比留子が自殺偽装した時点で、もう予言のうち女性2人が亡くなっていることになるんです。
つまり、女性には朱鷺野を亡き者にする理由がないんです。
かといって男性にも朱鷺野を葬り去る理由なんてありません。
……さて、犯人の目星はつきましたか?
次はお待ちかねの《解決編》です!
3つの事件の真相
生き残った全員が食堂に集められ、比留子による謎解きが始まります。
謎解きの後にもまだまだ《驚き》が用意されているので、ここはできるだけ簡潔にまとめますね!
第一の事件の真相
第一の事件については「サキミの部屋の奥から毒薬が見つかる」という進展がありました。
しかし、これは妙な話です。
なぜ犯人はトイレに流すなりせず、部屋の奥に毒薬を隠したのでしょうか?
というか、そもそもサキミがいる部屋でポットのお湯に毒を盛り、しかも部屋の奥に毒を隠すなんて芸当が可能なのでしょうか。
考えられる答えは1つしかありません。
サキミは自分の意志で毒を飲んだのです。
動機は「孫である十色を予言から守るため」
女性である自分が死ぬことで、十色が生き残る確率を上げようとしての行動でした。
では、なぜサキミは自分の部屋に毒を隠したのでしょうか?
それは、部屋の前に赤い花が撒かれていたから。
その上を通ろうとすれば、まるで雪原の足跡のように部屋から出た痕跡を残すことになります。
サキミは自決だとバレたくなかったので、万が一にも証拠を残すわけにはいきませんでした。
そういうわけで、毒は部屋の中に隠すしかなかったんですね。
サキミは自ら毒を飲んだ。
つまり、第一の事件に犯人など存在していなかった。
赤い花を部屋の前に撒いたのはサキミではない誰か。
第二の事件の真相
第二の事件を解く手がかりになったのは、十色の部屋にかけられていた時計。
よく「被害者の腕時計が犯行時刻で止まっていた」みたいなシチュエーションを見かけますが、今回はその応用編です。
- 犯人が十色の部屋を荒らしたのは、時計を壊したことを目立たなくするためではないか?
- 犯人が十色を撃った際、散弾銃の弾が時計に当たり『犯行時刻の痕跡』が残ったのでは?
この推理のもと、葉村と比留子は壊されていた時計を復元しました。
もし単に時計が止まっただけなら、指で針を動かせば済む話です。
つまり、弾丸は文字盤にめり込んだものと葉村は考えました。
しかし、復元した文字盤に弾丸の痕はなし。
葉村は空振りかと肩を落としましたが、比留子には真相が見えていました。
つまり、弾丸は重なった長針と短針にちょうどぶつかっていたのです。
※散弾銃の弾丸にはライフルほどの貫通力はないため、真ちゅう製の針を2本折りはしたものの、文字盤には届かなかったんですね。
さて、ここからがおもしろいところ!
犯行時刻は午後10時から翌零時までの2時間のどこかでしたね。
その間に短針と長針が重なるタイミングは、実は2回しかありません。
1つはもちろん零時ジャスト。
しかし、その時間はちょうど神服が散弾銃の消失に気づいたタイミングなので除外できます。
11時台に長針と短針は重ならないため、残るタイミングは『午後10時54分』だけです。
その時間にアリバイがない人物が犯人。
つまり……
犯人は王寺貴士です!
※犯行動機などは後述
第三の事件の真相
いろいろと気になっているところだと思いますが、先にちゃちゃっと第三の事件も片づけちゃいますね。
犯人はもちろん王寺。
トリックは意外と簡単で、
『1階の足跡と地下階の足跡がついたタイミングはそれぞれ別だった』
というだけの話です。
時系列で整理すると
- 王寺、朱鷺野を殺害
- 地下階の階段から朱鷺野の部屋まで足跡をつけておく
- 1階の電気を消し、白装束をまとって葉村に目撃される
- 階段で靴下を脱ぎ、白装束はその場に脱ぎ捨てる
- 自室に戻る
10秒で犯行に及ぶことはできなくても、自分の部屋に戻るだけなら10秒あれば十分です。
葉村は白装束の人影の手に『槍のようなもの』を視認し、朱鷺野の部屋にも槍が落ちていました。
しかし、これもフェイク。
王寺が持っていたのは『丸めた壁紙』
王寺の部屋に槍らしきものはありませんでしたが、部屋の壁紙は四隅を画鋲でとめられていました。
これで王子のアリバイは崩れ去ります。
小説を読んでいた方は
『朱鷺野の遺体を発見したときに、後頭部からの出血がすでに乾いて固まっていた』
という描写で直感的に「時間差だ!」と気づけたかもしれませんね。
事件の全貌
事件のカラクリはわかりました。
しかし、なぜ王寺が犯行に及んだのか(=Why done it)はいまいち謎のまま。
というわけで、王寺の心理・行動を中心にもう一度事件を最初からふりかえってみましょう。
◆
まず、王寺が『魔眼の匣』を訪れたのは本当に偶然の出来事です。
誰かに恨みがあるとか、実は極悪人だったとか、そういう背景はありません。
王寺はオカルトを信じるタイプの人間ではありませんでしたが、
- サキミの予言
- 十色の予言(臼井の死亡など)
を目の当たりにし、どんどん不安が募っていきます。
《第一の事件》
第一の事件をややこしくした「部屋の前の赤い花」
あれを撒いたのは王寺です。
※もともと実行可能だったのは王寺と純だけでしたね。
十色の予知絵に描かれていた「倒れた人影」は抽象的なもので、男女どちらにも当てはまるものでした。
王寺は万が一にも自分が予言の犠牲者になるわけにはいかないと考え、予言の状況を他人に押しつけることにします。
予知絵に描かれていた赤い花。
それをサキミの部屋の前に撒くことで、予知絵の対象者をサキミに限定しようとしたんですね。
その結果、サキミが本当に倒れたものですから、王寺は予言の力を確信し、
「予言の力は本物だ! このままじゃ自分の命も危ない!」
と危機感を抱きました。
《第二の事件》
サキミは一命をとりとめたので、この時点の脱落者は男性の臼井頼太ひとりだけ。
『魔眼の匣』に閉じ込められた人間にとって、最も確実に助かるための方法は「同性の人間の命を奪うこと」です。
しかし、だからといって安易に殺人に手を染めることはできません。
クローズドサークルという閉ざされた状況でそんなことをすれば、あとから警察に逮捕されてしまうに決まっていますからね。
そこで王寺は利害関係が一致する共犯者と協力することにしました。
共犯者が誰だったかというと、朱鷺野秋子です。
朱鷺野はもともと好見の住人であり、サキミの予言の力を昔から知っています。
朱鷺野もまた自分の命を守るために、女性2人の命を奪う必要があったのです。
彼らはあとから疑われないように、とある計画を立てました。
ズバリ《交換殺人》です。
王寺が女性を手にかけ、反対に朱鷺野は男性を手にかける。
比留子の説明がわかりやすかったので、引用します。
「予言から逃れるための殺人なら、異性から狙われるはずがない。
私たちにそう思わせることで疑いを免れるとともに異性に対する警戒心を弱め、三人目、四人目の殺人を実行しやすい状況をつくる。そのための交換殺人だったのです。
さらには朱鷺野さんと有利な証言をしあうことで、警察の捜査を逃れる可能性を高める目的もあったのでしょう」
実際、第二の事件では朱鷺野の
「私が手洗いに行ったとき、まだロッカーは壊されていなかった」
という嘘の証言のおかげで王寺にはアリバイができていました。
《第三の事件》
覚えていますか?
第二の事件の後、比留子は自分が自殺したかのように偽装しました。
実はこれ、とんでもなく重要な意味を持っていたんです。
というのも、比留子が消えた(身を隠した)時点で女性が2人亡くなってる(ように見える)からです。
本来であれば
- 王寺が女性を手にかける
- 朱鷺野が男性を手にかける
- 王寺が女性を手にかける
という順番で王寺と朱鷺野の犯行は行われるはずでした。
この順番ならお互いに相手の弱みを握りあう形となり、裏切りが発生しません。
※裏切ったら自分と同性の人間を始末してもらえなくなる
では、ここに比留子の偽装自殺が加わったらどうなるでしょう?
朱鷺野にはもう王寺に協力する必要がなくなります。
この時点で朱鷺野はまだ「王寺のために嘘の証言をした」くらいのもので、何の罪も犯していません。
もう助かったのに、わざわざ王寺のために男性を1人手にかける必要なんてどこにもないんです。
そういうわけで王寺と朱鷺野は仲間割れし、第三の事件が発生しました。
※衝動的な犯行だったんですね。
結末
比留子にすべての犯行を暴かれた王寺は刃物をふりかざして逆上します。
しかし、それさえも比留子は読んでいました。
王寺「殺せないとでも思っているのか」
比留子「ええ。絶対に。あなたが犯人だから」
犯人だからこそ、王寺はもう誰ひとりとして傷つけることができない。
その理由は、比留子に語ってもらうとしましょう。
「この事件を起こした犯人はサキミさんの予言を信じ、恐れている。だからこそ人を殺してまで予言から逃れようとした。
そして今、望み通りサキミさんの死の予言は満たされた。それでもまだ人を殺せますか。自分の手で予言を覆せますか。
手を汚したことがすべて無駄になったとしても」
そして、解説はワトソンこそ葉村の役目。
仮に王寺が比留子さんを殺せば五人目の犠牲者となり、サキミの予言はデタラメだと証明される。
その瞬間、彼が困苦と恐怖にまみれながら人を殺めたことが意味を失ってしまう。
これは予言を信じる犯人を、予言を盾にとって追い詰める前代未聞の裁きなのだ。
王寺は力なく罪を認め、一連の事件は解決しました。
……表向きは。
【真相1】彼の正体は
小説『魔眼の匣』は残り20ページ。
実は、ここからが本番です。
といっても、ここまで伏線をまるっと飛ばしているので、あなたの驚きはさほどでもないかもしれません。
ただ、小説を頭から通して読んでいた私の驚きはすさまじかったです。
「それ伏線だったのか! やられた!」
って感じですね。
もし近々、小説『魔眼の匣』を読む予定があるのなら、ここでストップした方がいいかもしれません。
というわけで、ここからはネタバレ中のネタバレです。
ご注意ください。
◆
物語の序盤、オカルト誌のライターである臼井は「三つ首トンネルの呪い」というオカルト話を披露していました。
話の要点は次の通り。
- そのトンネルには女の怨霊がいて、車で通った男を呪う
- 若者4人組が肝試しに行ったところ、うち3人が亡くなった
- 残りの1人の行方は不明
もし、その最後の生き残りが王寺だったとしたら?
なんでもない描写としか思われなかったあれこれが、一気に伏線に変わります。
たとえば
- 王寺の身体には魔除けのタトゥーが彫られていた。
- 王寺は薄暗い地下階で「風呂上がりの朱鷺野」を見て腰を抜かすほど驚いていた。それは王寺が小心者なのではなく、アップの髪をおろしていた朱鷺野が女の怨霊に見えたため。
- 王寺は貴重品をとりにバイクに戻りたがっていた。王寺が本当に取りに戻りたかったのは『御守り』だった。
王寺はそもそも「三つ首トンネルの呪い」を不安に思っていました。
そこに、臼井の死が追い打ちをかけます。
取材のために「三つ首トンネル」に車で行った臼井もまた、トンネルの呪いの犠牲者だといえるからです。
王寺が「予言された男性2人のうち、残り1人は自分だ」と過剰に思ってしまうのも無理はありません。
そのような理由で精神的に追い詰められていたからこそ、王寺は「誰かを犠牲にするしかない」という決断に至ったんですね。
※ただし、作中では王寺が本当に三つ首トンネルの生き残りなのかどうかは明かされていません。描写的に生き残りだと考えてもよさそうではありましたけどね。
【真相2】彼女の正体は
正直、王寺の正体はおまけみたいなものです。
本当の《驚き》は比留子のこのセリフ。
「あなたには元々予知能力などない。だってあなたは本物のサキミではないのでしょう」
物語の中で、サキミの生涯はこのように説明されていました。
- 班目機関の研究所に買われる
- 研究のリーダーだった十色勤(=真理絵の祖父)と恋に落ちる
- 勤との子どもを産む
- 研究が危険視される
- 勤は「きっと迎えに来る」と約束し、娘を連れて逃げた
- しかし、勤は他の女性と結婚し、約束は果たされなかった
しかし、比留子はこのストーリーをニセモノだと切って捨てます。
「おそらく十色勤は娘と一緒にサキミも連れていくことにした。
(中略)
彼はサキミの身代わりとなる女性を残していくことにした。
(中略)
ではあなたは誰なのか。十色勤と厚い信頼で結ばれ、かつ彼に思いを寄せる可能性の高い人物といえば――『岡町』なのではないですか」
「岡町」とは十色勤の助手をつとめていた研究者の名前です。
真理絵が葉村たちに手渡した祖父の研究ノートを通じて、読者にもその存在は明かされていました。
読者は自然と「岡町=男性」と思い込んでしまうのですが、実は一度も岡町が男性であるだなんて描写はありません。
『魔眼の匣にいるサキミは本物ではなく、その正体は岡町だった』
というのが、隠されていた今作最大の真相です。
詳しくは省略しますが、
- 研究ノートに書かれたサキミはネズミとも友だちになれるような心優しい娘だった
- ところが、現在のサキミは殺鼠剤をいつも使っている
このような矛盾が、物語中にごくごく自然に伏線として盛り込まれていました。
◆
サキミがサキミではなかったことで、見えていた景色がぐるりと裏返ります。
まず、サキミ(実は岡町。以下「偽サキミ」)が毒を飲んだ理由。
これは十色真理絵を助けるためではありません。
きっかけは、本物のサキミが残した予言のストックがなくなったこと。
偽サキミはこれまで50年以上に渡って、本物のサキミが残した予言をなぞることで己の力を示し、好見の人間から畏れられてきました。
しかし、ついに予言のストックが底をついてしまいます。
もう先のことなど何ひとつ言い当てることができません。
このままでは好見の住人に嘘が露見し、ペテン師と罵られ、窮地に立たされてしまう……。
プライドの高い岡町には耐えられない屈辱です。
そこで偽サキミは最後の予言にあわせて自ら死ぬことで、予言者としての名誉を守りつつ、憎いサキミの心に悔恨の爪あとを残してやろうと考えました。
オカルト誌に匿名のはがきを出し、臼井を『魔眼の匣』に呼び寄せたのは他ならぬ偽サキミ自身です。
予言のとおりに死ぬことで人々の心にサキミの伝説を恐怖とともに残し、一般人としてのうのうと暮らしている本物のサキミに一矢報いるつもりだったんですね。
※自決だとバレたくなかった理由はコレですね。
また、偽サキミは服毒することで十色真理絵に疑いの目を向けられることも計算のうちに入れていました。
十色勤に好意を寄せながら想いは届かず、サキミの身代わりにされ、ついには見捨てられた岡町。
彼女にとってはサキミも、その孫である真理絵も復讐に値する憎い相手です。
偽サキミは真理絵を助けようとしたどころか、本当は追い詰めようとしていたんですね。
結果はご存じのとおり。
偽サキミの目論見通り、憎いサキミの孫は命を落とすことになりました。
◆
たとえどんな思惑があったにせよ、偽サキミは問われるような罪を犯してはいません。
比留子はそんな岡町を断罪するように、最後に呪いの予言を残しました。
※以下、小説より一部抜粋
「サキミへの復讐は果たしましたが、あなた自身の権威を守るという問題は残ったままです。このままでは自分の死を予言することができず、死後に住人たちからインチキ予言者の烙印を押されることになる。あなたのプライドがそれを許しますか?
回避する方法はただ1つ――自分の死を予言し、その通りに命を絶つ。
あなたは、あなた自身の予言に殺されるのです」
班目機関が関わっている以上、今回の事件が報道されることはない、と比留子は追い打ちをかけます。
そして、とどめの台詞。
「あなたには別の道があった。
確かに人生を歪めた原因は十色勤の裏切りです。彼があなたにした仕打ちは決して許されるものではない。しかし、裏切られたとわかった時点で、予言者の化けの皮を脱ぎ捨てていれば別の人生を歩むことができた。けれどあなたは失敗や敗北を認められず、自分を偽り予言をかざし続けた。
この道を選んだのは――あなただ。予言でも呪いでもない」
その言葉を最後に、比留子と葉村は『魔眼の匣』を去ったのでした。
小説『魔眼の匣の殺人』
「このミステリーがすごい!」第3位❗️🏆
前作があんなにおもしろかったのに、それをさらに超えるおもしろさでした!🤩🤩🤩https://t.co/nAEflARHf1
— わかたけ (@wakatake_panda) December 13, 2019
まとめ
今回は今村昌弘『魔眼の匣の殺人』のネタバレ解説をお届けしました!
では、最後にまとめです。
- 犯人は王寺貴士
- 予言を逆手に取った『交換殺人』トリックが使われていた
- サキミは本物のサキミではなかった!
ラストに待ち構えていた怒涛の謎解きラッシュにはしびれました!
1作目があれだけ注目されたからにはプレッシャーもすごかったと思うのですが、2作目も期待以上の素晴らしいミステリで大満足!
もう完全に今村昌弘さんのファンになりました!
これからもシリーズは続くようなので、次回作も楽しみです。
続編(第3作目)について
ご安心ください!
続編があるのは確定です!
だって、小説のラストこんな感じですから。
この数か月後。十色勤のノートで触れられいた事件(サキミが予言を的中させた、極秘研究施設での大量殺人)のその後に関わることになろうとは、このときの俺たちにはまったく予想できなかった。
内容的にも「あ、まだまだ続くんだな」という印象でした。
班目機関を追いながら、行く先行く先で事件に遭遇する……という流れのシリーズになりそうです。
- 次に待ち受けているのはどんな事件なのか?
- はたして2人は班目機関の真実にたどりつけるのか?
- そして葉村と比留子の関係性はどうなるのか!
これからのシリーズも本当に楽しみ!
今村先生、できれば早く続刊出してください……!(笑)
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わかりやすいレビューありがとうございます!
映画を見て原作気になったので、とてもありがたい!
(*^^*)
>すとあ さん
コメントありがとうございます!
楽しんでいただけたならよかったです(^^♪
はじめまして。
自分もこの作品を読みました。
一点お聞きしたいのですが、第二章冒頭の葉村くんが見た夢についての場面が余り理解できませんでした。
剣崎さんの自殺に関する予知夢だったのかななどと思いましたが、自殺は偽装であったため、全くの見当違いでした。
あなたの感じたことなど聞きたいです。
よろしくお願いします。
>山本さん
はじめまして。
「さて、どんな夢だったかな?」と小説を読み返してみました。
あの夢で描かれていたのは『葉村の不安・恐怖』だと思います。
葉村と比留子は班目機関という強大な敵に立ち向かっているわけで、言ってしまえばどんな瞬間に消されてもおかしくありません。
そんな中で葉村が一番に怖がっているのは自身の死ではなく、『自分より先にホームズが消えること』なのではないでしょうか。
『魔眼の匣の殺人』では断片的にしか描かれていませんでしたが、葉村は明智のことを忘れていませんし、その喪失についてはトラウマのようになっていると思われます。
「葉村は(なんなら自分が盾になりたいのに)再び大切なホームズを目の前で失うことを何よりも恐れている」
そんな心境が夢として描かれていたのだと思いました。
今更読みました!
自分はずっと純が犯人だと思ってました、、
超能力の遺伝の話から剣崎の偽装自殺に対する反応などがもう、、
絶対に超能力者だと思ったんですけどね
悔しいです笑
>たろさん
読みながら「この人が犯人じゃない?」と思い始めると、もうその人が犯人としか思えなくなりますよね(笑)