大山誠一郎『アリバイ崩し承ります』を読みました。
「この謎が解けるかな?」といわんばかりに
- 問題(伏線)
- 答えあわせ(謎解き)
で構成されている、読みながら推理する楽しさを120%味わえる短編集でした!
収録されている短編は全部で7作品。
どれもなかなかの難問で、わたしの成績はまさかの1勝6敗(笑)
といっても「そんなのズルじゃん!」という飛躍した論理はなく、よ~く考えれば誰にでもわかるようになっている謎ばかりだったので、清々しい負けでした。
というわけで!
今回は小説『アリバイ崩し承ります』に収録されている全短編の
- 伏線
- 犯人
- 時刻トリック
などをまとめていこうと思います!
※思いっきりネタバレを含むのでご注意ください!
Contents
プロローグ
商店街に昔からある小さな時計店。
《美谷時計店》に足を踏み入れると、奇妙な貼り紙が目についた。
「――あの、この『アリバイ崩し承ります』っていう貼り紙、何ですか?」
僕が尋ねると、店主だろうか、作業着姿の女性がくるりと振り返る。
若い。20代半ばだろうか。
小柄で色が白く、ボブにした紙に、つぶらな瞳と小さな鼻。
どことなく兎を思わせる雰囲気だ。
「当店では、先代の店主の方針で、時計にまつわるご依頼はなんでも承るようにしております」
「――アリバイ崩しは、時計にまつわる依頼ですか」
「はい」
彼女は真面目な顔でうなずく。
「アリバイがあると主張する人は、何時何分、自分はどこそこにいたと言います。つまり、時計がその主張の根拠となっているわけです」
「まあ、そうですね」
「ならば、時計屋こそが、アリバイの問題をもっともよく扱える人間ではないでしょうか」
聞けば「アリバイ崩し」の料金は成功報酬で5千円だという。
「お客様は、アリバイ崩しをご要望でしょうか」
彼女――美谷時乃の目がきらきらと輝いている。
アイスクリームを前にした小さな女の子のような、期待が込められた眼差しだ。
そのときの僕はどうかしていたのだろう。
1か月ものあいだ、アリバイの問題に悩まされてうんざりしていたのかもしれない。
あるいは、期待を込めた彼女の眼差しを消したくないと思ったのかもしれない。
「はい。アリバイ崩しをお願いします」
気がつくとそう言っていた。
「え、本当ですか。どうもありがとうございます」
彼女の顔がぱっと明るくなった。
今さら取り消すことなどできはしない。
ああ、俺はなんて馬鹿なんだ。
下手したら地方公務員法に引っかかるぞ。
自分を呪いながら、半ばやけくそで、今、頭を悩ましている問題を話すことにした。
「実は、殺人事件のアリバイ崩しなんです」
- 美谷時乃……美谷時計店の店主。祖父から店とアリバイ崩しの技を受け継いだ。
- 『僕』……県警本部捜査一課に異動したばかりの新米刑事。
※ドラマ版では『僕』こと相談者の設定ががらりと変わっていますね。
安田顕さん演じる察時美幸(さじ よしゆき)は左遷されてきた警察キャリアという役どころだそうです。
第1話 時計屋探偵とストーカーのアリバイ
被害者
被害者は大学医学部教授の女性・浜沢杏子(42)
自宅で発見された遺体は心臓をナイフで一突きされていた。
夕食を食べる直前だったのだろう。
皿によそわれたシチューには手がつけられていなかった。
容疑者1
最有力容疑者は別れた元夫の菊谷吾郎。
ギャンブル癖があり、別れた後も被害者に何度も金の無心をしている。
菊谷は事件当日の昼にも被害者の研究室を訪れ、金の無心をしていた。
容疑者2
第一発見者である妹の浜沢安奈にも動機はある。
二千万円の借金だ。
被害者の生命保険の受取人は妹の安奈になっていた。
両親を早くに失ったこともあり、姉妹はとても仲が良かったというが……。
アリバイ
被害者の死亡推定時刻は午後7時前後(※)
それに対して
- 菊谷は午後6時から9時まで高校時代の友人と飲んでいた。
- 安奈は午後2時から10時まで美容院で働いていた。
というアリバイがある。
※ただし、発見が翌朝だったため、死亡推定時刻には数時間の幅がある。
◆
当日の被害者の行動はこうだ。
《午前》
- 8時30分 研究室に到着
- 9時00分 菊谷と別室で言い争う
- 正午 研究室の学生と昼食
《午後》
- 3時00分 近くの喫茶店でケーキを食べる
- 3時30分 早退
- 7時00分 夕食の写真をSNSに投稿する
- 同時刻(?) 殺される
◆
司法解剖の結果、被害者の消化器官からは弁当とケーキを食べた痕跡が見つかった。
弁当のほうが消化が進んでいて、ケーキの3時間ほど前に食べたものと推定される。
被害者は正午に弁当の写真を、午後3時にケーキの写真をそれぞれSNSに投稿している。
矛盾はない。
◆
《ヒント》
被害者は学生から勧められた塩まんじゅうを断っていた。
時刻は昼休み。
塩まんじゅうは被害者の大好物だったという。
ダイエットにしては、被害者はその後3時にケーキを食べている。
なぜ、被害者は塩まんじゅうを断ったのか?
真相
「お弁当に見えたものが、実際にはケーキだったとしたらどうでしょう?」
「――ケーキ?」
◆
実は正午に被害者が食べていたものは『お弁当に見えるケーキ』だった。
こう仮定すると、すべてが3時間ずれることになる。
正しい被害者の行動は次の通り。
- 午前9時 菊谷と別室に行ったときにお弁当を食べる
- 正午 『お弁当に見えるケーキ』を食べる
- 午後3時 喫茶店でケーキの写真を撮る(食べずにこっそり持ち帰った)
この3時間分のズレは、そのまま死亡時間にも当てはまる。
被害者は本当は午後4時に死んでいたのだ。
これなら菊谷のアリバイは崩れる。
被害者は午後7時に夕食の写真をSNSに投稿しているが、それは居酒屋のトイレで菊谷が投稿したものだったのだ。
※杏子が塩まんじゅうを断ったのは、正午に食べたものがケーキだと見抜かれないようにするためでした。
◆
犯人のアリバイをつくろうとするかのような偽装工作。
合理的に説明しようとするなら、導き出される答えは1つしかない。
「このアリバイ工作は、被害者の全面的な協力がなければ成立しません。杏子さんは犯人に、自分を殺してくれと頼んだのです」
被害者と犯人の菊谷は共犯関係にあった。
どうしてそんなことになったのかといえば、生命保険のためだ。
自分で命を絶った場合、生命保険金は降りない。
それでは妹の安奈さんに借金返済のためのお金を残すことができなくなる。
だから、被害者は元夫に頼んでアリバイつきの犯人になってもらったのだ。
被害者は末期のすい臓がんで、どのみち長くない命だった。
だが、いつ尽きるともわからない命に対して、安奈の借金返済の期限は2か月しかなかった。
だから、浜沢杏子は殺されることにした。
医学部教授の知識を使い、犯人の元夫が捕まらないようなアリバイをつくって。
◆
僕は最後に彼女に質問した。
「菊谷が杏子の頼みを聞いたのはなぜです? 彼女が亡くなっても、菊谷には一銭も入らない。それになのに頼まれて殺してあげるなんて。しかし、アリバイで守られるとはいえ、ストーカーの演技までして……」
時乃は悲しそうな目になった。
「菊谷さんは、別れた奥さんのことを今でも愛しているのでしょう。……殺してほしいという頼みを聞いてあげるほどに」
第2話 時計屋探偵と凶器のアリバイ
「今回の事件はですね、死体よりも先に凶器が見つかったという珍しいケースなんです……」
被害者
被害者の名前は布田真(30)
製薬会社勤務で、プライベートではレコードを収集するオーディオマニアだった。
凶器は拳銃。
太ももに一発、口から脳天を貫通して一発。
合計2発の弾丸が発射されていた。
容疑者
拳銃はネットを通して買われたものだった。
密売人が県内に卸した拳銃は2丁。
- ワルサーPPK32口径(購入者名:遠山公司)
- FNブローニングM1910(購入者名:上川哲史)
今回の犯行に使われたのは後者の銃だ。
しかし、受取には郵便局留が利用されており、購入者の住所も電話番号もでたらめで追跡不能。
上川哲史という名前も偽名に違いない。
◆
被害者の上司に当たる平根勝男が暴力団にモルヒネを横流ししているという情報が入った。
被害者は真面目で実直な性格だったという。
上司の不正に気づいた布田を、平根が拳銃で始末した。
こう考えれば納得がいく。
上川哲史の正体は平根だったというわけだ。
しかし、平根には事件当日のアリバイがあった。
アリバイ
今回の事件の特徴は、死体より先に凶器が見つかっていることだ。
というのも、犯行に使われた銃が郵便ポストに投函されていたのだ。
当日の集荷は午前10時と午後3時の計2回。
銃は午後3時の集荷で発見されたので、犯人が銃をポストに入れたのは午前10時~午後3時ということになる。
一方、被害者の死亡推定時刻は午後2時~午後4時。
凶器が3時に見つかっているので、犯行は午後2時~午後3時に行われたということになる。
◆
事件当日、平根は親戚の集まりに出席していた。
正午から午後3時までの時間には確かな目撃証言がある。
ポストに投函された銃が午後3時に見つかっている以上、平根には犯行が不可能だということになるのだ。
《ヒント》
- 午前中
- 午後3時以降
この時間に平根のアリバイはない。
FNブローニングM1910は32口径の拳銃である。
真相
「平根さんは、問題の拳銃を使わずに布田さんを殺害したと考えたらどうでしょう?」
「……え?」
◆
県内で拳銃を購入した2人、上川哲史と遠山公司の正体はどちらも平根勝男だった。
拳銃が2丁あったと仮定すれば、平根のアリバイは崩れる。
平根の事件当日の行動は次の通り。
《午前》
- 布田にモルヒネを打ち、太ももをFNブローニングM1910(以下、拳銃1)で撃つ
- 10時以降に拳銃1をポストに投函する
- 親戚の会合に出席する
《午後》
- 3時に解散
- 再び布田の家に行き、ワルサーPPK32(以下、拳銃2)で頭を撃ち抜く
- 帰宅
◆
平根はこのトリックを成立させるために細心の注意を払っていた。
その最たるものが『銃創』だ。
太ももには銃弾が残っていて、それは確実に拳銃1から発射されたものだった。
また、頭を貫通して床にめり込んでいた弾丸も拳銃1のものだった。
だから、誰もが平根は拳銃1で布田の脳天を撃ち抜いたのだと思い込んでしまった。
しかし、実際にはそうではなかったのだ。
- あらかじめ床に拳銃1の弾丸を撃ち込んでおく
- 拳銃1で太ももを撃つ
- 拳銃1をポストに投函
- 拳銃2で被害者の頭を撃ち抜く。そのとき、銃弾は頭の下に挟んだ砂袋で受け止めて回収する
現場には拳銃1の弾丸が2発残り、ポストからは弾丸が2発減った拳銃が発見される。
捜査一課の刑事たちはまんまと「犯人は拳銃1で被害者にとどめを刺した」と錯覚してしまったのだった。
◆
「平根さんは、密売人が逮捕されて県内に拳銃の購入者がいることがばれる事態までも想定していたのだと思います。そうなったとき、FNブローニングを二丁、購入した人物がいたことがわかったら、アリバイトリックを見破られる危険性が増します。
それを防ぐために、第二の拳銃はワルサーPPKにして、しかもFNブローニングとは別の人物が購入したように見せかけたんです」
第3話 時計屋探偵と死者のアリバイ
「実を言えば、事件はもう終わっているんです。犯人は自白しているんですから。自分が犯人であることも、誰を殺したのかも、どこで殺したのかも、全部しゃべってくれたんです」
時乃は不思議そうな顔をした。
「それなら、どうやってアリバイをつくったのかもしゃべってくれたんじゃありませんか。どうしてアリバイ崩しをご依頼なんですか」
「どうやってアリバイをつくったのかまでは、残念ながらしゃべってくれなかったんです。犯人は交通事故で瀕死の重傷を負い、たまたま居合わせた僕に告白したんです。ところが、全部しゃべるまで命が持たなかったんですよ」
◆
犯人
交通事故で亡くなった犯人の名前は奥山新一郎(37)
職業は推理作家。
奥山は「さっき人を殺した」と言い残して、この世を去った。
被害者
被害者の名前は中島香澄。
奥山とは恋人同士だった。
自宅で発見された香澄の首には、何度も絞められた跡があった。
物証
奥山の頬には真新しいひっかき傷があった。
一方、香澄の爪からは奥山の皮膚片が検出された。
動機
奥山は近ごろ春日井美奈という心理学者の女性に熱を上げていたという。
奥山は香澄と別れようとしたが、香澄は許さなかった。
口論の末に、カッとなって犯行に及んだ。
……真相はそんなところか。
◆
自供も、物証も、動機もある。
しかし、どうしても奥山のアリバイが崩せない。
アリバイ
香澄の死亡推定時刻は午後7時30分~午後8時30分。
一方、奥山が事故に遭った時刻は午後8時ちょうど。
よって、犯行時刻は午後7時30分~午後8時の間ということになる。
ところが、奥山は午後7時20分に自宅で宅配便を受け取っていた。
奥山の自宅から香澄の自宅に行くには、片道で20分かかる。
往復で40分。
奥山が事故に遭ったのは自宅周辺だったので、次のような問題が発生する。
《奥山の行動?》
- 7時20分 自宅で宅配便を受け取る
- 7時40分 香澄の家に到着
- 7時45分 犯行を完遂(?)
- 8時00分 自宅周辺で事故に遭う(問題点)
どう考えても犯行には5分以上の時間が必要になるはずだ。
しかし、だとすると奥山が午後8時に自宅周辺にいるのはおかしい。
奥山が自宅周辺に戻ってこられるのは午後8時05分以降になるはずなのだ。
◆
宅配便を受け取ったのは間違いなく奥山本人だった。
また、奥山が事故に遭った時刻も確実に午後8時ちょうどだった。
◆
《ヒント》
(以下、事故直後のシーン)
「……さっき、人を殺した」
「誰を殺したんです?」
「香澄……中島香澄だ」
「中島香澄? どこに住んでいる人です?」
男は苦痛に顔を歪め、目を閉じた。
「どこで殺したんです?」
「手城町の藪マンションの503号室だ」
救急と警察に電話てから、僕は男に「あなたの名前は?」と訊いた。
だが、男は答えなかった。
目を閉じたまま、苦しそうにあえいでいるだけだ。
その息が次第に弱くなっていくのがはっきりとわかった。
◆
《ヒント2》
事故の直前、『僕』は背後から奥山に「危ない!」と叫んだ。
しかし、奥山が気づく様子はなかった。
真相
「奥山さんは、耳が聞こえなかったんです」
「――耳が聞こえなかった?」
「読唇術で相手の唇の動きを読んで、相手が言ったことを理解していたんです」
◆
事故直後、会話の途中で奥山は目を閉じていた。
読唇術で、つまり視覚情報で言葉を理解しているのなら、目を閉じてから発せられた言葉は奥山に届いていなかったということになる。
「手城町の藪マンションの503号室だ」
奥山のこの言葉は、当初、「どこで殺したんです?」という質問への答えであるかのように思われた。
しかし、このときにはもう奥山は目を閉じていた。
つまり、奥山の言葉はひとつ前の「中島香澄? どこに住んでいる人です?」という質問への回答だったのだ。
つまり、奥山は実は犯行現場について自供していなかった。
◆
そして、もうひとつ、この事件には『ある思い込み』が混ざりこんでいた。
奥山は確かに香澄の首を絞めたが、香澄は死んでいなかったのだ。
真相は次の通り。
《事件当日の夜》
- 7時20分 奥山が自宅で宅配便を受け取る
- 7時25分 奥山が自宅で香澄の首を絞める
- 同時刻 錯乱した奥山は家を飛び出す
- 7時30分 香澄が息を吹き返す
- 同時刻 香澄は車を運転して自宅へ
- 7時50分 香澄が自宅に到着
- 同時刻 香澄は何者かに殺される
- 8時00分 奥山が自宅周辺で交通事故に遭う
◆
香澄の命を奪った犯人は奥山ではなかった。
では、真犯人は誰か?
香澄が帰宅したとき、家の中にはすでに真犯人がいた。
つまり、真犯人は香澄の自宅の合鍵を持つ人間ということになる。
奥山以外に合鍵を持っているのは、大家の磯田幸三しかいない。
というわけで、真相は次の通り。
- 磯田は推理作家である奥山のファンだった
- 奥山は香澄と別れるため、磯田に香澄の弱みになるものを探してほしいと依頼していた
- 香澄が帰宅したとき、部屋の中には弱みを探す磯田がいた
- 錯乱した磯田はとっさに香澄の首を絞めて絶命させてしまった
香澄の首に何度も絞められた痕跡があったのは、奥山と磯田の2人から首を絞められたためだったのだ。
◆
推理作家が犯人だから、一世一代の知恵を絞ったアリバイトリックが使われたのではないかと捜査員たちは思っていた。
ところが、犯行は衝動的なものであり、犯人は何の策も弄してはいなかった。
誤解と偶然が重なって、アリバイが成立しただけだったのだ。
第4話 時計屋探偵と失われたアリバイ
「今回は、アリバイを探していただきたいんです」
◆
被害者
被害者の名前は河谷敏子(33)
職業は個人レッスン専門のピアノ教師。
自宅で発見された遺体の後頭部にはピアノの角に何度も叩きつけられた痕跡があった。
犯行現場は敏子の自宅にあるレッスン室だろう。
容疑者
最有力容疑者は妹の河谷純子。
姉の敏子とは相続をめぐって対立していたという。
動機は十分。
加えて、純子には事件当日のアリバイがない。
勤め先のバーを無断欠勤している。
純子によれば、目が覚めたときにはすでに夜中の12時だったのだという。
仕事で昼夜逆転しているといっても、朝6時から18時間も寝ていたという証言は疑わしい。
純子の証言
純子は夢遊病に悩まされているという。
事件の翌日、純子の寝間着には自分のものではない血がついていたそうだ。
つまり、眠っている間に、無意識に犯行に及んだということか……?
捜査本部は純子の証言を罪状を軽くするための嘘だと一蹴した。
しかし、『僕』には純子が犯人だとはどうしても思えなかった。
容疑者2
『僕』が目をつけた新たな容疑者の名前は芝田和之。
40代の好男子で、マッサージ店を経営している。
筋書きはこうだ。
- 芝田は敏子と不倫関係にあった
- 敏子は芝田に結婚を迫った
- しかし、芝田の店は妻の出資によるものであり、芝田は妻に頭が上がらない
- 困った芝田は敏子を亡き者にした
動機としては悪くない。
しかし、芝田にはアリバイがある。
アリバイ
被害者の死亡推定時刻は午前9時~正午。
ただし、事件当日、敏子は午前10時~午前11時に芝田の店でマッサージを受けていた。
帰宅に要する時間は20分。
つまり、犯行時刻は午前11時20分から正午にかけての40分間に絞られる。
その時間、
- 純子は眠っていた(アリバイ無し)
- 芝田は店で働いていた(アリバイ有り)
◆
《ヒント》
- マッサージ中、敏子は眠っていた
- 敏子を店から送り出したのは芝田ひとりだった(店に受付係はいない)
- 敏子は純子の家の鍵を持っている
◆
『僕』は純子が睡眠薬を飲まされたのだと考えた。
純子は寝酒にワインを飲んだというから、きっとその中に入れられていたのだ。
そのせいで純子はアリバイを失い、最有力容疑者になってしまった。
真犯人はやはり芝田だろうか?
しかし、芝田にはアリバイがあるのだ……。
真相
「敏子さんは犯人の共犯者だったんです」
「――共犯者?」
◆
今回の事件の真相はやや複雑だった。
被害者である敏子が、まさか真犯人である芝田に協力していただなんて。
もちろん敏子は自分が殺されるだなんて思ってもみなかったはずだ。
おそらく「妻を亡き者にするから、その時間のアリバイ作りに協力してほしい」といった言葉に騙されたのだろう。
敏子を協力者に引き込んだ芝田は『あるトリック』によってアリバイをつくり、純子に罪をなすりつけた。
実際の手順は次の通りだ。
《犯行前日の夜》
- 純子の家に忍び込み、ワインに睡眠薬を入れる
《犯行当日の午前》
- 6時 純子がワインを飲んで入眠
- 9時 芝田は純子を敏子の家に運ぶ
- 9時台 敏子に指示し、純子に敏子顔のメイクを施させる
- 9時台 メイクを終えた敏子を殺害
- 10時 純子を店に運び、マッサージを施す
- 11時 送り出すふりをして、眠ったままの純子をマッサージ室のベッドの下に隠す
《犯行当日の夜》
- 店を閉めてから、純子を家のベッドに戻す
- そのとき、服に血をつけておく
- 24時 純子が目覚める
「敏子さんの共犯者としての役割は、第一は芝田さんに純子さんの家の鍵を渡すことですけど、第二は敏子さんに自分と同じ化粧をして自分そっくりにすることだったんです」
◆
午前10時から午前11時までマッサージ店にいたのは、敏子ではなく実は純子だった。
これがアリバイトリックの正体。
マッサージ室のベッドの下から純子の指紋が見つかり、芝田は逮捕された。
第5話 時計屋探偵とお祖父さんのアリバイ
第5話は箸休め回。
時乃の子どもの頃が描かれた過去編です。とっても平和。
師匠であるお祖父さんがつくりだした《アリバイ》の謎とは……?
「そうだ。またアリバイ崩しの問題を考えたんだが、挑戦してみるかい?」
「うん、するする!」
※時乃、小学4年生
アリバイ
お祖父さんの《犯行》は店にある振り子時計を止めること。
停止した振り子時計が示す「午後3時25分」が《犯行時刻》だ。
時乃はお祖父さんに言われたとおり、犯行時刻の前後にそれぞれ振り子時計を確認している。
- 午後3時20分 振り子時計は動いていた
- 午後3時30分 振り子時計は止まっていた
※時乃は《犯行時刻》には2階にいたため、犯行を目撃できない
お祖父さんは空白の10分間で《犯行》を完遂したことになる。
しかし、お祖父さんはその時刻、となり駅の駅前にある大時計の前にいた。
お祖父さんが撮った写真には「3時25分」を示す大時計とお祖父さんの姿が写っている。
これではお祖父さんに《犯行》は不可能だ。
こうしてアリバイが成立した。
◆
《ヒント》
- 振り子時計を止めたのはお祖父さん本人
- 大時計は犯行当日に撮られたものであり、写っているのもお祖父さん本人
- 大時計は12の目盛りがついたシンプルなデザイン
- 時乃は定規と分度器を使ってアリバイを崩した
真相
「――そうか。この時計、本当は右に傾いているんですね」
いくつもヒントを与えられ、僕はようやく閃いた。
「正確に言えばカメラが左に傾いているんですね」
時乃はにこりとした。
「正解です。この時計、本当は2時20分を示しているんです」
◆
時計の目盛りが1つずれるようにカメラを傾けた状態で、写真は撮られていた。
このアリバイを崩すには定規と分度器を使えばいい。
2時20分と3時30分とでは、短針の角度(位置)が2.5度違う。
こうしてアリバイは崩れた。
◆
余談ではあるが、30度傾いた写真を平行に撮られた写真に見せかけるには、それなりの工夫と努力がいる。
お祖父さんにとって、孫娘にアリバイ崩しの問題を出すことは、何より楽しい遊びだったのだろう。
第6話 時計屋探偵と山荘のアリバイ
「実は、休暇中に訪れたペンションで、殺人事件に出くわしたんです」
「お話をうかがいましょう」
「ペンションにいた人間が犯人であることは間違いないんですが、ただ1人を除いて全員にアリバイが成立しました。だけど、僕にはその人物が犯人だとは信じられないんです。中学1年生の少年なんですよ」
◆
被害者
被害者の名前は黒岩健一。
ペンション『時計荘』の宿泊客のひとりだ。
凶器はペンションから調達した鉄アレイ。
遺体は庭にある大きな時計台の中で発見された。
容疑者
『僕』と被害者をのぞけば、宿泊客は3人。
- 上原千恵(会社員)
- 野本和彦(会社員)
- 原口龍平(中学1年生)
中学1年生の少年がひとりでペンションに宿泊していたのは「亡くなった祖母がいたく気に入っていたから」ということだった。
ここにペンションオーナー夫妻の
- 里見良介
- 里見万希子
を加えた5人が容疑者だ。
ただし、犯行時刻にアリバイがないのは龍平だけだった。
アリバイ
被害者の死亡推定時刻は午後11時~午前0時。
『僕』はたまたま黒岩が時計台に入っていくところを目撃していて、その後10分間誰も時計台に入っていないことを確認していた。
つまり、犯行時刻は午後11時10分~午前0時ということになる。
『僕』は11時11分にバーカウンターに行こうと部屋を出た。
そこで野本和彦と合流し、一緒にバーカウンターに向かう。
バーには上寺千恵と里見夫妻がいて、
- 僕
- 野本
- 上寺
- 里見夫妻
の5人は午前0時まで一緒にいた。
一方、龍平は午後11時まで『僕』と一緒にいた(※)が、それ以降は自室で寝ていた。
犯行時刻にアリバイがないのは龍平だけということになる。
※龍平は警察官志望で、『僕』の部屋で話を聞いていた。
◆
時計台へと続く道には雪が積もっていて、3本の足跡が残されていた。
- サイズ26の靴で時計台に向かう足跡
- サイズ26の靴で時計台から帰ってくる足跡
- サイズ25の靴で時計台に向かう足跡
黒岩の遺体はサイズ25の靴を履いていた。
状況から見て、犯人はサイズ26の靴で時計台を往復したのだ。
容疑者それぞれの足のサイズは次の通り。
- 野本和彦……25
- 上寺千恵……24
- 原口龍平……24
- 里見良介……26
- 里見万希子…24
- 僕……26
とはいえ、自分より大きいサイズのくつを履いていた可能性もある。
この情報では犯人は特定できない。
※犯人が使ったのはペンションの長靴だった。
◆
《ヒント》
- 野本和彦は午後8時30分に夕食を終え、それ以降は自室でテレビを見ていた
- 上寺千恵は午後10時からダイニングのバーにいた
- オーナー夫妻は午後11時10分以降、用事でときどきダイニングから出たが、たった2,3分のことであり犯行は不可能だった
- 時計台から1階客室につながる裏口までは徒歩1分の距離
- 足跡から判断して時計台に向かった順番はサイズ25の靴の人物のほうが先だった
真相
「黒岩さんがもともと履いていたのは、サイズ25の靴ではありませんでした」
「サイズ25の靴ではなかった……?」
◆
雪に残る3本の足跡。
犯人は行きと帰りで違う靴を履いていた。
- 時計台に向かうサイズ25の足跡……犯人
- 時計台に向かうサイズ26の足跡……被害者
- 時計台から帰るサイズ26の足跡……犯人
犯行後、犯人は自分と黒岩の靴を入れ替えたのだ。
時計台に先に向かっていたのはサイズ25の靴のほうだから、犯人は黒岩より先に時計台の中にいたということになる。
※龍平は午後11時に『僕』と一緒に時計台に向かう黒岩を目撃しているので、この時点で犯行は不可能だったことになる。
◆
「では、犯人は誰でしょうか」
犯人は黒岩より前に時計台に行き、午後11時10分以降にペンションに戻った人物だ。
つまり、犯人には午後11時前から11時10分までのアリバイがない。
また、黒岩と靴を交換できたことから、男であり、黒岩と靴のサイズが同じ25である人物でもある。
「野本和彦ですね」
僕はあの夜のことを思い出した。
「僕が午後11時11分に廊下で野本和彦と出くわしたとき、彼は時計台から戻ってきたばかりだったということですか」
はい、と時乃はうなずいた。
「時計台からペンションに戻るだけなら、1分で充分なんです」
◆
そもそもなぜ黒岩はサイズ26の長靴を履いて時計台に向かったのか?
それはもともと黒岩の方が野本を殺そうとしていたからだ。
実は黒岩は逃走中の詐欺グループリーダーであり、野本は黒岩(偽名)の幼馴染だった。
正体がバレると焦った黒岩は野本を時計台に呼び出して亡き者にしようとしたが、返り討ちにあって逆に殺されてしまう。
動揺しながらも野本は靴を交換し、ペンションに戻った。
そして、たまたま『僕』と鉢合わせた。
何食わぬ顔で「僕もバーに行くところでした」とうそぶいてみせたのだから、野本の胆力も相当なものだったと言えるだろう。
ところでサイズ25の靴のほうが犯人のものだったと確定できたのにはちゃんと理由があります。
黒岩は時計台への道の途中で一度立ち止まっていたのに、サイズ25の靴の足跡にはその形跡がなかったのです。一方、サイズ26の行きの足跡には立ち止まった形跡がありました。
そしてサイズ25の足跡のほうが踏まれていたことから、サイズ26の靴の人物が後から時計台に来ていたこともわかりました。
第7話 時計屋探偵とダウンロードのアリバイ
「今回のアリバイは、脆弱といえば脆弱なものなんです。だけど、崩そうとしてもどうしても崩せなくて……」
◆
被害者
被害者の名前は富岡真司(65)
5年前まで小さな健康器具販売会社を経営していた。
捜査状況
富岡の遺体発見から3か月後。
親族が富岡の家を整理したところ、庭から人間の白骨が出てきた。
富岡が長らく庭を荒れ放題にさせていたのは、この白骨を隠すためだったに違いない。
白骨の身元を調べると、かつて富岡の会社で経理を担当していた和田雄一郎という人物が13年前に失踪していることがわかった。
当時、和田は会社の金を横領し、一千万円も使い込んでいたという。
それが原因で富岡に殺されたと考えればつじつまは合う。
和田の息子のDNAと照らし合わせたところ、白骨が和田雄一郎本人であることが確定した。
容疑者
最有力容疑者は和田の息子である和田英介(21)
優秀な成績を収めている大学生で、周囲からの評判もいい。
しかし、和田の妻は半年前に亡くなっているため、復讐を企てる人間がいるとすれば英介をおいて他にない。
……ただ、英介にはアリバイがある。
アリバイ
被害者の死亡推定時刻は午後9時前後。
おそらく犯人によるものだろう。
匿名の通報が入ったため、遺体は犯行直後に発見されている。
富岡が亡くなった時刻に幅はない。
一方、英介が話した行動は次の通り。
《事件当日の夜》
- 6時 大学の学食で友人と食事
- 7時 友人と一緒に帰宅
- その後、午前0時前まで友人と一緒にいた
英介の家から富岡の家までは片道で1時間20分を要する。
「少し抜け出した隙に犯行に及んだ」という可能性はない。
◆
ここで重要になってくるのが英介と一緒にいた友人・古川桔平の証言。
なにせ3か月も前の出来事だ。
当初、古川は「英介の家には何度も行っているので、その日に行ったかどうかは覚えていない」と話していた。
これでは英介のアリバイは成立しない。
そのことを伝えると、英介は思いついたようにこう言った。
「古川が日付をはっきりと覚えていないのは、しょっちゅう僕の部屋に来ていて、同じようなことを繰り返しているからですよね。珍しいことがあれば覚えているでしょう」
事件当日、12月6日は『キャッスル・オブ・サンド』という曲の配信日だった。
『キャッスル・オブ・サンド』は1日限定の配信曲であり、それ以外の日には決してダウンロードできない。
古川は英介の家に行った日が6日だとは覚えていなかったものの、英介が目の前で『キャッスル・オブ・サンド』をダウンロードしていたことは覚えていた。
ダウンロード中の画面もしっかりと目撃している。
間違いなく、その日は12月6日だった。
◆
以下、英介の証言。
「12月6日に古川をうちに呼んだとき、11時も後半になってようやく配信のことを思い出して、古川の前で急いで『キャッスル・オブ・サンド』をダウンロードしたんです。古川にもさっそく聴かせました」
英介のスマホのダウンロード履歴には「12/6 23:46」という時刻が表示されていた。
また、古川に裏をとったところ、古川が聴いたのは間違いなく『キャッスル・オブ・サンド』だった。
◆
《ヒント》
- 犯行が行われたのは間違いなく12月6日
- 英介が曲をダウンロードした日も間違いなく12月6日
真相
「和田さんが古川さんを部屋に上げたのは、12月6日ではありませんでした」
「12月6日でなかったら、いつだったんです?」
「前日の5日です」
「でも、『キャッスル・オブ・サンド』は12月6日だけの配信なんですから、5日にダウンロードできたはずがありません」
「途中で日付が変わっていたとしたらどうでしょう?」
「途中で日付が変わった? でも、古川は0時前に和田の部屋を出たのに……」
僕はそこでハッとした。
「――ああ、そうか。和田の部屋の時計は遅らされていたんですね」
◆
和田は自室のあらゆる時計を15分遅らせていた。
古川の前で曲をダウンロードしていた本当の時刻は、6日の23時45分ではなく、6日の0時だったのだ。
「スマホのダウンロード履歴は?」
「和田さんは2度、ダウンロードしたんです。一度目は、古川さんの前で12月6日午前0時過ぎに。そのあと、その履歴を削除して、ダウンロードした曲データそのものも削除します。そして、その日の午後11時46分にもう一度、ダウンロードしたんです」
◆
犯行の動機はやはり復讐だった。
半年前に母親が亡くなったあと、実行を決意したという。
英介は捜査線上に自分が浮かび上がるのは、事件発生から数か月後のことだと予測していた。
相続にはいろいろと手続きが必要になる。
富岡の庭から白骨が見つかるまでには時間を要するとわかっていたのだ。
英介はその数か月間で古川の記憶があいまいになることまで計算に入れて、アリバイを構築したのだった。
<完>
「時計を遅らせる」というトリックは作品のカラーにぴったりでしたね!
美谷時計店の時乃さんが解決する事件の幕引きにふさわしいラストでした。
小説『アリバイ崩し承ります』
ミステリ小説を読むとき、自分で考えて犯人やトリックを推理する人に超おすすめ❗️
難易度高めの時刻トリックがいっぱい出てくる短編集で、しかも探偵がかわいい😊
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— わかたけ (@wakatake_panda) November 30, 2019
まとめ
今回は大山誠一郎『アリバイ崩し承ります』のネタバレをお届けしました!
けっこう伏線を省略しちゃいましたけど、一応、真相の前に答えが推理できるように気をつけてみました。
あなたはアリバイトリックの仕掛けを見破ることができましたか?
- 見破れた!
- わからなかった!
- さすがに省略しすぎ!(ごめんなさい🙇)
コメントで教えてもらえると嬉しいです!
ドラマ化情報
小説『アリバイ崩し承ります』がドラマ化!
個人的にはメインキャストが大好きな2人なので楽しみです!
キャスト
- 浜辺美波(美谷時乃役)
- 安田顕(察時美幸役)
安田さん演じる察時美幸(さじ・よしゆき)は小説でいう『僕』のポジションですね。
ただ、新米刑事だった『僕』とは違い、察時は左遷されたエリートという設定になっています。
「プライドの高い警察キャリア」とも紹介されていますし、性格は素直な『僕』とはちょっと違いそうですね。
※はじめてキャストを見たとき「え~! ヤスケンじゃないでしょ!」と思ったのはナイショです(笑)
放送情報
- 2020年1月放送スタート
- テレ朝「土曜ナイトドラマ」枠
- 毎週土曜よる11:15~
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