雫井脩介『望み』を読みました!
ジャンルはサスペンスミステリーとなっていますが、
- 驚きの結末
- 予想外のトリック
- 不気味な《謎の人物》
などは一切登場しません。
はい。といっても「だから、おもしろくない」のではありません。
この物語の持ち味は「え、これ実話なの?」と思わせるほどの心情描写です。
息子が無実であることを望めば、息子の死を望むことになる。
息子が生きていることを望めば、息子は殺人犯だということになる。
真逆の《望み》を抱く夫婦の考え方は、どちらかが正しいというものではありません。
はたして息子は加害者なのか、被害者なのか?
そして、家族に待ち受けている結末とは……!?
というわけで、今回は雫井脩介『望み』のネタバレと感想をお届けします!
前半は「内容知らないよ!」という方のためのネタバレです。
感想だけ見たい方は後半の【感想】まで飛ばしてください。目次からジャンプできます。
あらすじ
思春期の息子と娘を育てながら平穏に暮らしていた石川一登(かずと)・貴代美夫妻。
9月のある週末、息子の規士(ただし)が帰宅せず連絡が途絶えてしまう。
警察に相談した矢先、規士の友人が殺害されたと聞き、一登は胸騒ぎを覚える。
逃走中の少年は2人だが、行方不明者は3人。
息子は犯人か、それとも……。
規士の無実を望む一登と、犯人でも生きていてほしいと願う貴代美。
揺れ動く父母の想い。
心に深く突き刺さる衝撃のサスペンスミステリー。
(文庫裏表紙のあらすじより)
事件の概要
事件発生から数日。
石川夫妻のもとには不確かなものも含め、さまざまな情報が集まってきていました。
そうして見えてきた事件の概要はこちら↓
関係者は4人
- 塩山
- 若村
- 倉橋与志彦(よしひこ)
- 石川規士
倉橋与志彦は遺体で見つかった被害者です。
残る3人のうち、2人は逃走中の犯人。
残る1人は、おそらく与志彦と同じ被害者だと考えられます。
この4人はよくつるんでいた遊び仲間ですが、その立場は対等なものではありませんでした。
リーダー格の塩山は1歳年上で、高校を中退した不良。
与志彦と若村はいじられキャラというか、パシリというか、ともかく力の弱い立場にありました。
先にネタバレすると、逃走した少年の1人は塩山です。
2人の犯人は別々に逃げていて、先に塩山が捕まります。
もう1人の犯人は、若村か規士。
4人はトラブルを抱えていた?
4人はどうやら金銭トラブルを抱えていたようです。
情報の断片から推測される「事件の経緯」はこんな感じ↓
- 4人は地元の不良グループから金を払うよう迫られていた
- それを誰か(倉橋か若村?)に押しつけようとして口論になった
- 口論はエスカレートし、喧嘩に発展
- ついには命を損なう衝突にまで発展してしまった
発端となった事件
では、なぜ4人は地元の不良グループから脅されていたのでしょうか?
事の発端は、規士が怪我をさせられた事件。
規士はサッカー選手を目指していて、高校ではサッカー部に入っていました。
その実力は確かなもので、一年生からレギュラー入り。
そんな規士を生意気に思ったのでしょう。
とあるサッカー部の上級生が練習中にわざとタックルし、サッカー選手生命を絶つほどの大怪我を規士に負わせるという事件が発生してしまいます。
その事件は表面上、大ごとにはなりませんでした。
しかし、後日、加害者の上級生は何者かに襲われ、足を折られます。
犯人は塩山・若村・倉橋与志彦の3人。
規士は襲撃に加わっておらず、まるでアリバイをつくるかのようにその時間、友人と一緒に過ごしていました。
誰が見ても規士の復讐のために計画された襲撃だったことは明らかです。
ところが、襲われた上級生は地元の不良グループとつながっていました。
こうした経緯があって、4人は不良グループから(詫びとしての)大金を要求されていた、というわけですね。
規士の人物像は不明瞭
- 規士が上級生に怪我をさせられたこと
- 塩山たち3人がその上級生に復讐したこと
これは客観的な事実です。
一方で
- 規士が復讐計画に加担していたかどうか
- 規士が4人のなかでどのような立ち位置だったのか
このあたりは謎に包まれています。
はたして規士は仲間に復讐を頼むような攻撃的な人間だったのか。
それとも……?
規士は加害者?
規士は事件の前にナイフを購入していました。
そして、与志彦の遺体には多数の刺し傷。
はい。どう見ても怪しいですよね。
問題のナイフには一登と貴代美も気づいていて、一度は没収していました。
「だから、規士は犯人じゃないはずだ」
一登はナイフを没収したことを根拠に、規士の無実を信じます。
しかし、物語の後半では規士が没収されたナイフを隠し場所から取り返していたことが発覚。
一登は一転して息子を信じられなくなってしまいました。
規士の様子はサッカー選手生命を絶たれてから目に見えて変わりました。
家族との会話もなくなり、夜遊びや朝帰りも増えて……。
夢中になれることを失い、悪い仲間とつき合いだし、道を踏み外して非行に走ってしまった。
そう解釈することは難しくなく、規士が犯人だったとしてもおかしくはないように思われます。
規士は被害者?
一登と貴代美は最初「規士は被害者だろう」と思っていました。
両親の知る規士は素直で優しく、とてもまっすぐな性格をしていたからです。
物語が進むにつれて
- 規士のガールフレンド
- 規士の中学時代の親友
など、規士をよく知る人物が登場するのですが、彼らも一様に「規士は犯人じゃない」と断言してくれました。
また、話の中では
- 規士は与志彦と仲が良かった
- 規士は塩山とは距離をとっていた
という情報も出てきて、ますます規士が無実であるように思われてきます。
そして、最後の一押し。
規士が取り返して持ち出したと思われていたナイフは、なんと規士の引き出しの中に入っていました。
規士はわざわざ隠し場所からナイフを取り返し、再び自分の机の引き出しに収め、それを持たずに出かけていったのです。
ネタバレ
規士は犯人ではなく、被害者でした。
物語のラスト。
一登と貴代美は警察署地下の安置所で冷たくなった規士と再会します。
そのシーンがこちら↓
…………
信じようが信じまいが関係なかった。
規士は取り上げられたナイフを取り返し、自分の意志で置いていった。
そうして死んだ。
この亡骸は、規士が誰にも左右されず自分を貫いた末の姿だと思った。
自分は自分だと、ただ静かにたくましく主張している。
本当に……
かけがえのない子を失ってしまった。
「規士ぃ!」
一登も(貴代美と同じく)嗚咽とともに、愛する息子の名前を呼んだ。
…………
子を失った両親の悲痛が伝わってくるような、痛ましいシーンでした。
小説ではこのあと「いったい何が起こったのか?」という事件の全貌が語られます。
事件の全貌
事の発端となった「復讐事件」に、規士は一切関与していませんでした。
それは塩山が計画したもので、目的も復讐ではなく「上級生を脅して金を払わせよう」という利己的なものでした。
だから、塩山にしてみれば規士の復讐に燃える与志彦が上級生の足を折ってしまうだなんて、まったくもって予想外の出来事でした。
※ちなみに規士が襲撃時間にアリバイをつくっていたように見えたのは、与志彦が呼び出していたから
地元の不良グループに大金(約50万円)を要求された塩山は、すべての責任を足を折った張本人である与志彦にかぶせようとします。
しかし、与志彦は反発。
こうして
『塩山・若村 ⇔ 与志彦』
という対立関係ができたわけですね。
与志彦は身の危険を感じ、すべてを規士に打ち明けます。
規士は与志彦の味方になり、塩山に
「先にしかけてきたのは相手。痛み分けなんだから金を払う必要はない」
と毅然とした態度で主張しました。
とはいえ、塩山がそれで諦めるはずもなく「金を払う払わない」の言い争いが続きます。
そして、ついに事件の夜。
ふとしたきっかけから、口論はつかみ合いの喧嘩に発展しました。
ここまではまだ、常識の範囲内だったといえます。
ただ、身の危険を感じた与志彦が懐に忍ばせていたナイフを取り出したのは、恐怖に駆られての行動だったとはいえ、やりすぎでした。
突きつけられたナイフによって、塩山の冷静さは一瞬で吹き飛びます。
「もしかしたら規士もナイフを持っているのではないか?」
恐怖に駆られた塩山と若村は「やられるまえにやれ」と言わんばかりに手近にあった鉄パイプを手に取り、与志彦と規士に襲いかかりました。
与志彦のナイフはあっけなく塩山たちに奪い取られました。
そして、規士は自分の意志でナイフを家に置いてきています。
どんな経緯があったにせよ、それは一方的なリンチでした。
これが結末で明らかになった事件の全貌です。
その後、塩山たちは事件を隠ぺいしようとするも、車の運転に失敗して逃走。
数日の逃走の後に警察に捕まりました。
※以下、すべてを知った一登のモノローグ。
一通り、事件のあらましを聞かされて思ったのは、規士には何の落ち度もなかったということだ。
最初から規士を信じて当然の事件だったのだ。
結末
規士の葬式。
長男を喪った石川家の3人は、それぞれ悲しみと後悔に暮れていました。
ひとつの事実として、規士が被害者側だったことで家族の未来が救われたのは確かです。
- 一登は仕事を失わずに済む
- 妹の雅は名門の志望校を受験することができる
もし規士が加害者だったのなら、一家は一生かけて世間の目から逃げ続け、どん底を這いつくばるような人生を歩むことになっていたはずです。
それは事件の真相が明らかになる前、一登や雅が「そうならないでほしい」と望んでいた結末でもありました。
しかし、だからといって一登や雅がこの結末を受けて安堵したかといえば、もちろんそうではありません。
「ごめんなさい……お兄ちゃん、ごめんなさい……」
規士の棺を前に、いちばん泣き崩れていたのは雅でした。
自分の都合で(事実上)兄の死を望んでしまったという後悔は心に重くのしかかり、どんなに泣いて謝っても、もう取り返しがつきません。
一登も同様です。
- もしナイフを取り上げていなければ……
- もっと規士に目を向けていれば……
- せめて最後まで規士の無実を信じ抜いてやりたかった
後悔は山のように押し寄せてきます。
「規士には将来、リハビリの専門家になるという夢があった」と一登が知ったのは、葬式でのことでした。
親の言葉なんて聞き流しているのだろうと思っていた規士が、一登の言葉をしっかり受け止めて、将来のことを考えていた……。
規士が誇らしい息子であると思えば思うほど、一登の心はただひとつの望みに塗りつぶされていきます。
「生きていてほしかった……」
なぜ、こんなことになってしまったのだろう?
いくら考えても、答えは見つかりません。
※以下、小説より一部抜粋
涙が止まらなくなった。
血を分けて生まれ、育ててきた大事な息子であり、また、それだけでは言い表せない相手だった。
言葉が響き、心が伝わり、一緒に未来に向かって歩いてくれる相手だった。
規士の優しさ、健気さ、清新さ……彼を失ってから、それに気づく。
そこに喜びはない。
気づくたび、ただ悲しみが深まっていく。
生きていてほしかった……。
そして最後に、貴代美。
ずっと「規士が生きていればそれでいい」と思ってきた貴代美ですが、最後には考えをあらためます。
というのも、いくら覚悟を固めたからといって加害者側の家族に待つ残酷な運命に、きっと貴代美は耐えられないに違いなかったからです。
「私は……私は規士に助けられました」
そんなふうに考えてしまうことが、なによりの不幸に違いありません。
今回の事件を振り返り、貴代美は「誰もが不幸になった」といいます。
※以下、小説より一部抜粋
「被害者側だけじゃなく、私は加害者も加害者家族も、みんな恐ろしく不幸なんだと思います。それだけは分かる気がします。それが事件というものなんです」
貴代美の言う通り、この事件は関わる人間すべてに不幸だけをもたらしました。
幸福になった人など、誰ひとりとしていません。
一筋の救いの光もないまま、物語は終わりを迎えました。
感想
本を閉じたあと、余韻が長く残る一冊でした。
読了後の気持ちは、とてもひと言では言い表せません。
涙がこみあげてくるような悲しみではなく、なんというか、どんよりと気がふさぐような鬱な気分でした。
貴代美は「事件は誰もを不幸にした」といいました。
わたしは石川夫妻の心情に感情移入しながら読んでいたので、夫妻の《不幸》の一部が伝わってきていたのかもしれません。
- 規士が無実であってほしいという望み
- 規士に生きていてほしいという望み
わたしはどちらかといえば、前者(一登)の心境に共感しました。
というか、正直にいうと「加害者家族の末路」が怖すぎました。
- 仕事を失い
- 引っ越さねばならず
- びくびくと怯えながら下を向いて暮らし
- 贖罪に人生をささげなければならない
マスコミは加害者家族を放っておいてくれませんし、世の中の人々は事情を知りもせず一方的に攻撃してきます。
逃げても逃げても逃げきれない村八分。
こんなに恐ろしいことはありません。
それが自分の不始末の結果だというのなら、まだ受け入れることもできるでしょう。
しかし、家族とはいえ自分のあずかり知らぬところで自分の未来が閉ざされてしまうというのは、やはりすんなりとは受け入れられません。
「なんで私がお兄ちゃんの犠牲にならなきゃいけないの?」
雅の駄々に貴代美は「家族だからよ」と答えます。
わたしは貴代美の答えにうなずく一方で、雅の気持ちも痛いほどわかる気がしました。
この小説を読みながら、わたしは
「この小説を読んでなお犯罪に手を染めようとする人間はいないだろう」
と思いました。
個人の勝手な振る舞いが家族にどれだけ甚大な迷惑と心労を与えるか、ひしひしと伝わってくる物語でした。
物語が伝える教訓
この物語からはいくつかのことわざが連想されます。
- 明日は我が身
- 一寸先は闇
- 後悔先に立たず
この物語を読んだからといって「いつ自分の家族に同じことが起こるかわからない」と心配する必要はありません。
※心配してもどうしようもないですし、ただ心労が増えるだけです。
しかし、ちょっと視点をずらして
「たとえ家族であっても、その人のことを100%理解できているわけではない」
という教訓にすることはできそうです。
一登や貴代美は親として常識的な態度で子どもたちに接していましたが、それでも事件は起こってしまいました。
人間関係において「ここまでやれば十分」というラインなど、きっとないのでしょう。
規士が両親に心配をかけまいとトラブルを抱え込んでいたように、わたしたちの身近な人が内面で何か困っていないとも限りません。
『大切な人に、いまよりもう少しだけ目を向けてみよう』
小説『望み』は、そんな教訓が得られる一冊でした。
まとめ
今回は雫井脩介『望み』のネタバレと感想をお届けしました!
では、最後にまとめです。
- 規士は被害者だった
- 家族の未来は守られたが、失った命は戻らない
- 事件とは加害者側・被害者側の区別なく誰もを不幸にするものである
ときに利己的になってしまう心の弱さなど、とにかく登場人物の心情描写がリアルな一冊でした。
物語は石川夫妻の視点で進むので、石川夫妻の属性に近い方はよりこの物語を「自分事」に感じられる(≒楽しめる)はずです。
たとえば、思春期のお子さんを持つ親御さんなら、わたしとは比較にならないくらい事態の重さを感じられるのではないかと思います。
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映画情報
キャスト
- 堤真一(石川一登役)
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制作陣
- 監督:堤幸彦
- 脚本:奥寺佐渡子(「おおかみこどもの雨と雪」など)
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